「味のある街」「くず餅」――船橋屋(東京都江東区)
2020年8月10日(月)配信
創業1805(文化2)年の船橋屋は、亀戸天神社の参道近くにある。現在の建物は東京大空襲で焼けてしまったあとの1953年に建てられたものだという。大通りに面しているのに店の中は静かにゆったりと時間が流れている。
店に入ると正面の大きな古時計が時を告げていた。天井が高く、灯りも明る過ぎず癒される。店内には四人掛けのテーブルが7つ、10人掛けが1つ置かれている。「9切れも入ってるわ。食べられるかしら」と言いながら、ぺろりと平らげる女性の2人組など、幅広い層の方が甘いものに夢中になっていた。
店の中ほどに「船橋屋」と書かれた大きな木の看板が掲げられている。この看板は作家の吉川英治氏が書いたものだ。「大作家の吉川英治さんが、船橋屋のくず餅についてくる黒みつを大変気に入り、余った黒みつをパンにつけて食べて下さっていたことを6代目のご主人が聞きつけ、「それならばぜひお会いしてお礼をいいたい」という願いから出版社に口を聞いてもらい、会いに行ったのがきっかけという。
確かに濃厚でとろっとした黒みつは色々なモノにつけてみたくなる。くず餅にたっぷりかけても少々余るので、捨てるなんてもったいない。それをバニラアイスにたっぷりかけてさらにきな粉をまぶすというのが我が家の流儀だ。くず餅は小麦でんぷんを15カ月もの間、熟成発酵させたものが原料だ。それを水で攪拌し、溶かして型に入れて蒸しあげたもの。
「作るのに15カ月もかかるのに日持ちはわずか2日なんです。丁寧にこしらえて一番コンディションのいい状態のものを召し上がってもらえればと思っております」と、お店の方。ふるさとへの帰省土産に買って行かれる方が多いお盆の時期が最も忙しいという。
海辺の街で、遠い温泉街で、山の麓の町でそれぞれ包みを開き、どこか懐かしく弾力のある食べ心地を味わいながら癒しの時間を家族で過ごすにはもってこいの品だ。
冷蔵庫に入れると固くなってしまうので常温での保存が好ましい。
(トラベルキャスター)
津田 令子 氏
社団法人日本観光協会旅番組室長を経てフリーの旅行ジャーナリストに。全国約3000カ所を旅する経験から、旅の楽しさを伝えるトラベルキャスターとしてテレビ・ラジオなどに出演する。観光大使や市町村などのアドバイザー、カルチャースクールの講師も務める。NPO法人ふるさとオンリーワンのまち理事長。著書多数。