「街のデッサン(244)」ジャック・アタリの「観光」思想 破壊と世俗化から、地球持続と高品位化へ
2021年8月11日(水) 配信
私の研究の基盤は国々を巡る比較民俗の旅にあるから、レヴィ・ストロースのようなフランス系の学者に親和性がある。その流れで、哲学、思想分野ではジル・ドゥルーズなどに影響を受けた。もう1人、理論だけではなく実務的なセンスを持つジャック・アタリの考え方に強く共鳴する。とくに彼の「危機とサバイバル」という本の日本語版序文で、日本の21世紀を生き延びる最大の課題は「人口減少と高齢化」にあるとして、何点か政策提言をしている。そのポイントの押さえ方はシャープで、日本では在野エコノミストの竹内宏が「人口減少亡国論」を早くから唱えていたのに注目していたが、アタリのそれはさらにクリアだ。
ミッテラン政権以来、政府の補佐官を務めたアタリは、フランス国家の多様な人口増加政策を進め、今では合計特殊出生率が2.0を超えるようになり、その趨勢に力がある。観光立国を目指す日本は、コロナ禍もあって2020年の出生率が1.34の低水準が続き、高齢化社会を支えることも、水準の高い観光サービスや将来の顧客創造にも陰りがある。
フランスの人口サバイバルを演出したアタリが、日本経済新聞(21年6月10日号)に珍しく「観光産業の未来」について意見を寄せている。短いエッセイだが含蓄に富んでいる。幾つかの論点があるが、第1点はコロナ危機以前の観光業の実態に戻すべきではない、というものである。コロナ感染拡大から得た教訓は、疫病の蔓延を防ぎ、化石燃料の消費を減らし、文化遺産や自然環境を保護するには内外旅行などの観光を規制する必要があるということだ。これまでの観光スタイルは疫病を蔓延させ、温暖化を招き、地球環境の破壊の原因を生み出していた。既に多くの国々で、業界の関係者を始めこの事態を深く憂慮している。
第2点は、社会問題に貢献できる顧客は、コロナ後には「観光を楽しめる富裕層だけ」ではないかと、アタリは指摘する。正規の航空運賃を支払い、供給制限されるホテルの高額な宿泊費を負担できる人が観光を享受できる。この発想に唸らされるが、Go Toキャンペーンのような1人でも多くの観光客を増やそうとする発想と真逆である。
第3点は、観光業の本質である「ホスピタリティの精神と技術」は、コロナ後の高齢化を迎えた介護市場などに大きなスピルオーバー効果を齎すというもの。本来、ホテルもホスピタルも同類だった。人間の社会だけでなく地球全体を治癒し、安全・安心な持続する宇宙を支える観光産業をアタリは構想しているのだ。
コラムニスト紹介
エッセイスト 望月 照彦 氏
若き時代、童話創作とコピーライターで糊口を凌ぎ、ベンチャー企業を複数起業した。その数奇な経験を評価され、先達・中村秀一郎先生に多摩大学教授に推薦される。現在、鎌倉極楽寺に、人類の未来を俯瞰する『構想博物館』を創設し運営する。人間と社会を見据える旅を重ね『旅と構想』など複数著す。