トラベル懇話会(会長=糟谷愼作・西武トラベル社長)は1月7日、東京都千代田区の有楽町朝日ホールで開いた第32回新春講演会で、JTB社長の田川博己氏と、エイチ・アイ・エス(HIS)社長の平林朗氏の対論を行った。日本を代表する旅行会社のトップが顔を合わせ、2010年の海外旅行市場の行方のほか、リアル店舗やウェブ戦略、価格戦略、グローバル戦略などについて、考え方や今後の方針を語り合った。
新春講演会に先立って、糟谷会長は新年のあいさつで登壇し「2010年を迎えたが、旅行産業はいまだに20世紀の実績を超えられない。今回のJTBとHISのトップ対論は、旅行産業が21世紀型に変わっていく方向性を示してくれるものと期待している。今年も『明るく元気に』をスローガンに進んでいこう」と呼びかけた。
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対論の司会は、ダイヤモンド・ビッグ社「地球の歩き方」会長の西川敏晴氏が務めた。 まず現状認識について、JTB社長の田川氏は「地域密着で営業しないとこれからの旅行業は成り立たないとの認識から、06年4月に15社に分社化した。新しい旅行業のかたちや事業領域を求めて、現在は構造改革と成長戦略を同時に行っている」と述べた。構造改革では店舗ネットワークが最大の問題とし、成長戦略は(1)ウェブ(2)グローバル(3)地域交流――の3つをあげた。
HIS社長の平林氏は2年前に社長に就任した理由を、「激変する環境には、より若い世代で対応していき、新しいビジネスモデルを作っていくことを任された」と話した。「HISは創業30周年を迎えたが、これまでのビジネスモデルをこの1―2年で大きく変えつつある状況」とし、「日々起こる変化にいかに対応するかを最も重視し、変化に先回りして対応することを心掛けている」と語った。昨年、マニラに100拠点目を展開しており、現地発のアウトバウンドを拡大していくことに力を入れていると説明した。
――リアル店舗、ウェブ戦略について
JTBの田川社長は「昨年の高速道路1千円化によって、急激にインターネット利用が高まり、とくに国内宿泊においては相当に増えた。これがリアル店舗のあり方を考えるきっかけとなった」と話し、JTBグループで200店舗閉鎖と報道された経緯を話した。田川社長は「インターネットは商品の価値を高めることよりも、価格を下げるベクトルに動くようだ。価値を上げ、価格を上げるようには動いていない」と厳しい口調。そのうえで、「店舗ではインターネットを道具として扱うやり方の道筋を考えていく必要がある」と語った。
HISの平林社長は「96年にホームページを立ち上げて以来、店舗とEビジネスはほぼ均等に力を入れてきた。店舗は統廃合はあるが、基本的には拡大策をとっている」と述べた。さらに、「5―6年前、eビジネスの可能性についての見通しは、総取扱額の1―2割で頭打ちだと予想した。我われは海外旅行が主なので、説明商品という性質柄そこまでeビジネスの比率が高まることはないだろうと見ていたが、今同じ質問をされると、『50%を超える可能性は十分にある』と答えるだろう。この2―3年は店舗が苦戦するなか、携帯(モバイル)による取扱いも急激に増えており、今後どこまで比率が上がるか予想しづらい状況」とした。一方で「ウェブで申し込まれるお客様は海外旅行に慣れたリピーターが中心。店舗を出店していかないと新規顧客の獲得は難しい。また、利益率の高い付加価値をつけた商品を売っていくには、店舗での販売が重要だと考えている」との見解を示した。
「単純な安売りは避けるべき―田川氏」
「「新規顧客」の獲得は店舗で―平林氏」
――2010年の海外旅行市場について
田川氏は「これだけイベントが目白押しの年に、もし需要が伸びなければ、旅行会社を辞めてしまえといわれるような年」とし、平林氏は「数字は伸びると思うが、景況感は09年以上に厳しい年と認識している。成田、羽田空港の発着枠が拡大し、新規エアラインも多数乗入れるなか、ここで需要が拡大しなければ未来はないなと感じる」と語った。
JTBとHISが共同でチャーター機を飛ばす可能性については、平林氏は「チャーターは旅行会社が負うリスクが高いので、オフラインの新規デスティネーションなどで需要喚起する場合にはぜひ共同でやらせていただきたい」。田川氏は「1社でやるには非常にリスクが高い。あらゆる旅行会社が共同でやるのがいいと思う」と語った。
お互いをライバルと思っているかについては、両社長とも「そう思っている」と答えた。
平林氏は「経営する以上は目標がいる。『JTBを追い抜きたい』というのは我われの大きな目標」と語った。一方、田川氏は「HISさんをターゲットにしているのは、FITの分野。いかにFITのお客様を取り込んでいくかという部分で、正直言って(JTBは)負けていると思う。これはJTBグループとして大きな課題。JTBとHISのオペレーションの仕方が違うが、HISさんのほうがスピーディー」と述べた。
――価格戦略について
平林氏は「デフレによって消費者の価格志向が強まっている。しかし、価格を下げることで総需要が広がるとは思っていない。パイを取り合っている印象」と語った。新春格安キャンペーンの「初夢フェア」については「決して主力として出しているわけではない。(あの価格では)会社の経営も成り立たないし、付加価値の高い商品を店舗で販売していきたい」とした。
田川氏は「価格の設定はそれぞれの会社でポリシーがあると思うが、質的な部分と絡めて常にセットで議論してもらいたい。質的な議論がなければ、価格が単に下がるだけ。業界として質を議論する体質に変わる必要性があると思う。『安い商品』と『安売り』は違う。単純な安売りは避けなくてはならないと思っている」と語った。
「目標は〝JTBを追い抜く〟――平林氏」
「FITの取り込みが課題に――田川氏」
――グローバル戦略について
田川氏は「海外旅行とインバウンドは国内施策。JTBは世界80数カ国にランドオペレーターとしての機能を持っており『世界最大のランドオペレーター』というのが強み。現地で送客事業を行い、日本をはじめ世界にその国からお客様を送り出す機能をしっかりやることがグローバル戦略だと考えている」とした。そのなかで、「とくにアジアなどではその国の商習慣にあわせた進出の仕方が重要になる。たとえば合弁会社や協業などで進出しないとグローバル戦略は上手くいかない。韓国ではロッテと組んでいる。国内の人口が減るなかで、国際交流人口は爆発的に拡大している。インドやブラジルなどの新興国など、マーケットのあるところで商売をするというのは商いの基本」と語った。
平林氏は「次の30年の成長戦略を考えると、世界に出て行かざるを得ない。アジア圏では現在、ものすごい数の旅行会社が設立されている。何10万社あるのかなという感じを持っている。日本のように産業が成熟していないので、旅行業法や約款もほとんど整備されていない状況。この中でグローバル化するには、我われのスローガンである『Think local, Act global』で思考をローカル化しないと難しい。 我われはメーカーと違って、販売する商品が確たる『製品』ではないので、各国に伝えられていくノウハウは、目に見えないオペレーションのノウハウや、商品造成の考え方などしかない。だから、ベンチャースピリッツをいかに委嘱できるかにかかっているので、並大抵ではないなと感じている。だが、そこに出ていくしか15年後、30年後の成長戦略は描けないと思っている」と語った。「一方でアジアの国々の旅行会社が日本に進出して、日本でビジネスすることも十分考えられる」と危機感も示した。
田川氏は、「日本にはインバウンドについての法律はない。05年に作ろうとしたが、残念ながらできなかった。私はインバウンド向けの法律もしっかりと作るべきだと考える。今後インバウンド市場で2千万人―3千万人を求めようとするならば確立すべき」と強調した。
――旅行会社の価値について
田川氏は「21世紀に旅行会社が残るなら、海外でも国内でもデスティネーション開発や地域開発をやる姿勢が必要。単に売っているだけでは旅行販売業であり、旅行事業ではない。JTBは旅行事業をやりたい。そのために総合旅行業の名を捨て、交流文化産業という名をつけた。将来的にはライフスタイル産業になりたい」と話した。
平林氏は「現在情報が過多になり、いい情報を選択することが難しくなっている。旅行会社として、いかに主体的に楽しい旅行をお薦めできるかにかかっている」とし、「参加したお客様が想像していた以上に、感動や楽しみを感じていただけることができる存在でありたいと思う」と語った。