2022年5月7日(土) 配信
最近は福祉施設もホスピタリティを重視するという方針が多くの組織で取り入れられ、ホテルマンやマナー講師からのホスピタリティ講座を職員に対して受講させている施設もかなり多くなった。
このため、入所者の方々への対応、家族への対応が昔とは大きく変わったと言われることが多くなった。しかし、そのようなホスピタリティ教育が施された福祉施設で働く人々と接したときに、上述したような一流のホテルマンやキャビンアテンダントと接したときの感覚とは違う感覚を抱くことが何度もあった。
さらに言うと、ホスピタリティとよく口にする人ほど、どこかにあざとさやずるがしこさを見てしまうこともしばしばあるのだが、福祉関係者の方々からは、あざとさやずるがしこさを感じることが明らかに少ない。この違いに対して説明がつかないため、先進的な取り組みをしているという福祉施設を訪ねて対話を重ね、その違いの由来に迫った。
神奈川・湘南地区を中心に高齢者と保育事業を広げている福祉法人伸こう福祉会では、「入所者の方にありがとうと言わせるな」としているそうである。「ありがとう」などの感謝の言葉こそが、接客時のモチベーションの源泉のようにいわれている。しかし、あまりにそれがフォーカスされ過ぎて、お年寄りの側は常に「ありがとう」、「すみません」を言い続けなければならない状況に陥っている。利他といいながら自分に見返りを求めていることからこそこの現象は起こっている。
伸こう福祉会では、その「相互信頼関係」を無理に結ぼうとするあまり、相手に感謝を強要することの矛盾を日常業務から見抜いていた。
一流ホテルは非日常であるから、ありがとうも連発できるけれど、福祉施設は日常である。だからこそ余計にそのような一時的、表面的な対応だと化けの皮が剥がれてしまうのである。
さらに、ディズニーやリッツカールトンといった感動経営、感動のホスピタリティの事例が世間にあふれ、ときには感動の強要まで至っている場合もあるが、観光のプロセスにおいてお客様はすべてにおいて感動を求めているわけではない。自然に、普通に、さわやかな空気のような存在で気持ちよくサービスを受けることも求めているはずである。
また、お客様のために誠心誠意尽くしたとしても、それが伝わらないことがある。そして、「相互信頼関係」を構築できたと思っても、信頼は往々にして裏切られることがある。サービスの現場でも、サービスの達人と言われる人からも、心を尽くすサービスをしたときにその恩をあだで返される話を耳にする。
一方で、福祉関係者の方々とお話をすると、お客様に裏切られるという感覚が一様にない。ここにも福祉施設から学ぶ意味が込められている。
神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏
1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。日本国際観光学会会長。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。