2022年3月20日(日) 配信
金沢大学(山崎光悦学長)は2021年3月、立教大学と観光産業分野の中核人材育成に向けて連携・協力協定を結んだ。仲介役を果たしたのが加賀屋の小田禎彦相談役。昨年9月には小田氏は金沢大学から名誉博士号を授与された。金沢大学は今年4月、融合学域に「観光デザイン学類」を創設し、新たな観光価値をデザインできる人材育成に取り組む。長年人材育成に取り組んできた小田相談役と、山崎学長が観光ビジネスを担う人材育成や地域の活性化について語り合った。
【司会進行=本紙社長・石井 貞德、構成=増田 剛】
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――小田相談役が仲介役となって、金沢大学と立教大学が「観光」というキーワードでコラボレーションして、地域活性化していく取り組みが始まりました。
小田:大したお役にも立てなかったのですが、私は立教大学のOBとして、地元の金沢大学とのご縁で、両大学が「観光」によって結ばれたことは、大変ありがたく、うれしいことです。
我われ観光業界はこれまでどちらかと言えば物見遊山的な、製造業などと比較しても正当に価値が認められない時代もありました。そういう意味でも、観光業に携わる人たちが、地域の活性化や社会的、経済的にも大きな貢献を果たしている役割を自覚して、「地域全体、さまざまな産業に波及効果を与えうる産業である」と胸を張れるように、全力で奉仕していきたいと考えています。
金沢大学から名誉博士という大変光栄な称号をいただき、これから具体的に、どのように進めていけば社会のお役に立てるのか、コロナ禍の難しく激変の時代ですが、ひたすら考えています。
――名誉博士号を小田相談役に授与した経緯につきまして。
山崎:小田相談役の講義をこれまで2度ほど拝聴する機会があり、大変感銘を受けました。
私自身は工学部出身で機械工学が専門です。「地域の産業を担うのはものづくり」との矜持を抱きつつ、時代が大きく変わるなかで、ものづくりに従事する人の比率はそれほど高くありません。北陸、あるいは石川県、金沢市を見ても、サービス産業の従事者が7割ほどを占め、圧倒的に多いのが現状です。
そのようななか、金沢大学の改革の中核として、今年4月に融合学域「観光デザイン学類(学科に相当)」を創設します。新たな観光価値をデザインし、観光ビジネスを牽引する人材を育成・輩出することが目的です。
文部科学省が進める「トビタテ! 留学JAPAN日本代表プログラム」のなかに、地域人材育成プログラムという柱があります。石川県内の大学や高等教育機関が連携して、学生たちに海外留学をさせるという取り組みを5、6年前から実施しており、加賀屋さんにも支援をいただいています。
そのご縁もあり、地域創造学類の中の観光学・文化継承コースの学生(2年生)15人中5人が本日、加賀屋さんで研修を受けています。地域への定着度なども重視しながら、人材育成のプログラムをさらに充実し、人数の拡大をしていきたいと考えています。
小田相談役のお話にもありましたが、昨年3月に立教大学と、観光産業分野をはじめとする中核人材育成のため連携・協力協定を締結しました。この仲人役を小田相談役に担っていただき、感謝しています。
観光に関わるビジネスが今後、日本の成長産業の柱にならなければならないと思っています。その意味でも小田相談役には先導役として、ホスピタリティの真髄について教えを請いたいと思い、昨年9月に本学において、観光業界では初めて名誉博士の称号をお受けいただきました。
小田:振り返ってみますと、立教大学在学中はホテル研究会に入って、さまざまな経験をさせていただきました。自宅が旅館で両親の苦労も見てきていましたので、「大学を卒業したら旅館の跡継ぎをするのだ」という思いを強く持って、60年間旅館業にどっぷりと浸かってきました。
旅館業と併せて、石川県観光連盟の理事を21年、理事長を8年間務めました。なかでも2015年3月14日に開業した北陸新幹線が「北陸活性化の千載一遇のチャンス」と、知事からも命を託されました。
観光客を受け入れる方々のサービス向上や、人材育成のセミナーだけでなく、県民の皆様にも受け入れる意識の向上へのご理解を深めていただきました。
地域一帯でウェルカム運動を展開した結果、アンケート調査で86・3%が「北陸を訪れてよかった」と回答されまして、知事からも感謝されたことで自信や誇りを感じることができました。
観光事業が北陸にもたらした力が相当に大きかったことを県民の皆様にもご理解をいただきました。
金沢大学も「観光によってもっと北陸を活性化していける」とのお考えのなかで、今回のような評価をいただけたのだと捉えています。高齢ではありますが、何とか一肌脱いで地域が元気になるように、お引き受けし決意をしているところであります。
――立教大学との連携について。
山崎:観光デザイン学類を創設する以前に、日本における観光分野の人材育成や歴史などを調べたところ、観光教育の草分け的な存在であり、知の蓄積の大きな立教大学には学ぶべきものがたくさんあると感じております。
小田:国立大学の金沢大学に、我われの観光産業の重要性を認めていただいたことはとてもうれしく思いました。
山崎:地方にある国立大学は、医学部、工学部、法学部、経済学部などが同じようにあって「金太郎飴」と揶揄されることもありました。金沢大学も以前から「特色のある大学にしていこう」という議論が行われていました。その一つが「観光デザイン学類」の創設です。そのほかにも、能登町には魚の養殖に関することを学び研究できるコースを設置しています。
近年、どの大学もさまざまな特色を出しているなかで、本学はホスピタリティや観光デザインの分野でも第一歩を踏み出したところです。
これまでは、人文系と理工系、生命系の3学域しかありませんでしたが、今年度から文理融合した「融合学域(学部に相当)」をスタートさせました。
文系と理系の学生を半分ずつ集めて、アントレプレナー(起業家)教育を軸とした新しい教育を始めました。観光デザインにも通じるところが大いにあります。
これをベースに2つ目として、人文系の知識やスキルを3分の2、残り3分の1は理工系の知識やスキルを教え込んだ学生を育てていこうとしているのが観光デザイン学類です。
これからの観光はホスピタリティの真の理解と、数理データサイエンスが必要で、人の動きや経済活動などデータに基づいて分析し、ビジネスを展開することがとても大事になってきます。金融や不動産も絡めた幅広い視点から地域活性化に取り組む人材を育て、新しい価値を生み出していくことがミッションだと考えます。
――人材育成は小田相談役もライフワークとして、長い間取り組まれてこられました。
小田:立教大学の野田和夫さんとともに、米国の大型レジャー施設の研修に誘われたことがありました。
そのときに、「もっと地元の若者に世界を見せていく必要がある」と感じて、青年会議所の若者を20人ずつ20班、加賀屋の社員20人ずつ20班、社員には1人10万円ずつ負担していただき、米国でさまざまな研修を行ってきました。
ピーター・ドラッガー教授が登壇する大学院や、カリフォルニア大学バークレー校でルイス・バックリン教授の授業を受けさせたりもしました。
また、当時JTB社長だった田川博己さんにもご支援をいただき、旅館・ホテル経営者の若い後継者を募って、20人ずつ10班ほどの研修も行いました。振り返ってみると30年間で1千人、5億円を投資したことになります。
私も若かったので「一生懸命勉強しろ」と荒っぽいことも言いました。リッツカールトンに宿泊して世界一流のサービスを実際に体験したり、七尾市と姉妹提携しているカリフォルニア州のモントレーや、カーメル・バイ・ザ・シーなどの町で交流を実施したりしてきました。
また、ジュニアウイングス・イン・アメリカといったかたちで、中学生をモントレーの家族に預かってもらう取り組みも地元の青年会議所のプログラムとして20年間実施してきました。子供たちは2週間程度の滞在が終わり、帰るときにモントレーの家族が親切で「帰りたくない」と泣き出して、「英語を勉強してもう一度モントレーに行くのだ」と世界に目を向ける大きなきっかけづくりにもなりました。
地方の若者に海外での体験をしてもらうことを続けてきましたが、金沢大学の学生にも海外から金沢や、能登を見るという視点も養ってほしいと考えています。
学びの大切さを感じるなかで、インターンシップというかたちで金沢大学の学生にお返しをしていくことが、地域活性化の人づくりの面で寄与できるのではないかと考えています。
山崎:金沢大学の1丁目1番地は「地方創生」です。他大学にはない観光デザインや、観光ビジネス、そこに加賀屋さんのお力も借りて、ホスピタリティや、おもてなしを学生に学んでもらいたい。まずは地域に定着し、一部は世界に羽ばたくようなグローバルな人材を育成したいですね。
――旅館業に若く優秀な人材が多く集まらない現状について。
小田:大きな要因としては、“たすき掛け”や“中抜け”など勤務時間の不規則さがあると思います。働き方改革のなかで、いかに時代に即したかたちにしていくかが問われています。
旅館業の勤務時間を一番難しくしているのは、夕食と朝食を提供するなかで、時間が離れすぎているという点です。2度のピークに人が必要なため、働き方改革のなかでルーティンワークを真剣に見直しながら、生産性を上げ、もっと良い待遇にしていくことが最優先課題となっています。
例えば、朝食の3時間勤務のあと、グループや提携する製造業で午後5時間勤務するなどの試みを考えています。
旅館・ホテルで長年従事する人材は、消耗品ではなく、「リタイア後の生涯を通じての人づくり」についても考えていかなければならないと痛感しています。
山崎:私のモットーは「生涯現役」です。大学も65歳になると教員は定年になりますが、定年後もノウハウを持っていらっしゃるので、生涯を通じて学び直す「リカレントスクール」などさまざまな機会で講師としてお話をいただいたり、インターンシップのお世話をしていただいたりしています。
ボランティアを含め、生きがいや社会貢献のための活躍の場を作っていくことが大事だと思っています。生涯現役とはそういうことだと思います。
――ありがとうございました。