2024年9月2日(月) 配信
今年7月1日付で、観光庁観光地域振興部長に長﨑敏志氏が就任した。長﨑氏は2014年から2年間、観光庁観光資源課の課長として、観光コンテンツの整備事業を手掛けていた。8年ぶりに観光庁に戻った長﨑氏と、内閣府地域活性化伝道師で観光コンテンツの開発や人材教育などに取り組んでいる跡見学園女子大学准教授の篠原靖氏が対談。観光による稼げる地域・産業の実現に向けた課題や、地域の観光資源の可能性を生かした経済効果を探った。
【木下 裕斗】
篠原:長﨑部長が約8年ぶりに観光庁へ戻ってきました。観光庁を離れたあとも、観光の関係者と深く交流し、地域を支援してこられました。
温和な性格で観光をこよなく愛しており、長﨑ファンの観光従事者は大変多くいます。
長﨑:着任の決定後から、観光に関わるさまざまな会議で、参加者から「お帰りなさい」と声を掛けてもらいました。本当に身の引き締まる思いです。
私は、前職は、内閣官房国際博覧会推進本部事務局の次長として、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の円滑な準備と運営に関する施策を推進していました。
開催まで1年を切るタイミングで職を離れることは、心残りではありましたが、新たな観光地域振興部長というポジションでも万博に貢献していきたいと思います。
大阪・関西万博は、2290万人の来場者のうち、海外から350万人の入場を想定しています。万博と合わせて日本の各地を巡ってもらえるよう取り組みます。
かつての観光資源課長時代を振り返ると、当時は、就任前年の13年に訪日外客数が初めて1千万人を超え、15年には約2千万人に達し、アウトバウンドとインバウンドの客数が逆転するという激変の時期でした。
このため、観光庁においても訪日外客数を増やすため、ビジット・ジャパン・キャンペーンを中心にさまざまなCPを展開していました。
一方、私は地域担当の課長として、観光資源の磨き上げを担当していましたが、当時の予算規模は、14年は約10億円と細々としたものでした。その後、16年には60億円と急に増えたことから、それを真の意味ある施策に役立てようと、篠原先生をはじめ、多くの関係者と一緒に悩みながら、取り組んだ記憶があります。
今回こうして観光地域振興部長として戻ってきましたが、当時を振り返りつつも、心新たに職務へ邁進する所存です。
篠原:14~16年はインバウンド市場が急速に成長した時期で、地域資源の発掘や磨き上げ、情報発信のほか、受入体制を構築していく過渡期でした。以降も訪日客数は増加し、日本の観光行政は大きく変容しました。
現在、観光庁では23年3月に閣議決定された第4次観光立国推進基本計画をベースに施策が展開されています。
基本的な方針として、「持続可能な観光」「消費額拡大」「地方誘客促進」が示されました。日本経済を支える屋台骨としての観光や、地域消費を向上させ、地方を創生するための観光の位置づけが、より重要になっています。
長﨑:政府においては、コロナ禍前までは、主に人数をベースとして、さまざま観光政策を講じてきましたが、第4次観光立国推進基本計画では、これに加えて、消費額も追求することとしました。観光立国を実現する意味をより精緻に議論し、社会的経済的意義を分かってもらえる論理を再構成した結果だと認識しています。
3つの基本的な方針のうち、「持続可能な観光」では、産業をより稼げるよう成長を促していきます。
かつては、旅行会社が中心となって、消費者へ需要を喚起していましたが、時代が変化するなかで、地域の視点に立った観光地域づくりの司令塔として、稼ぐ力を引き出すDMOを育成していくことも欠かせません。また、OTA(オンライン旅行会社)などの新しい業種に対し、観光庁として位置づけを持ち、産業全体を育成していく必要もあります。
日本は、貿易立国といわれ、製品輸出によって利益を享受していた時代がありましたが、23年度の貿易収支は5・3兆円の赤字となっており、経済構造が激変しています。このため、別のカタチで稼ぐ力を養うことが必要です。
海外から観光で人を呼び込むことは、数兆円規模のサービス収支の改善効果を見込むことができます。また、観光は移動や宿泊、アクティビティなど幅広い事業者に経済効果をもたらすことも特徴です。これが2つ目の柱である「消費額の拡大」の意義だと考えます。
最後の柱である「地方誘客」に力を入れることは、地域経済の低迷や人口減少により、消滅可能性自治体が報道されるなかで、経済や生活が成立する社会を築き、地域の持続可能性を高める効果があると考えます。
篠原:訪日客は日本の観光業界に欠かせない存在となっています。
観光庁の今年度予算は、前年度比63・9%増の503億1800万円と大幅に増え、多岐にわたる訪日旅行の支援事業が大きく動き出し、新たな観光立国への幕開けとなりました。今後、日本で伸び代のあるインバウンド市場で、最も大切なことは、地域を訪日客の需要に合った食事や体験、お土産などを提供できるように育てることだと考えます。
長﨑:おっしゃる通りです。地方誘客のためには、観光資源を発掘し、磨き上げ、高品質化を行ったうえで、正当な対価を得る収益モデルを構築することが重要であり、観光庁としてもさまざまな支援メニューを用意しています。
篠原:同じ自治体が言葉を変えながら複数の支援事業に応募し、採択されているケースがありますが、観光庁は単品の事業評価でなく、自治体ごとにトータルで評価を行わなくてはいけません。観光は、1~3次産業すべての総力戦で地域の魅力を磨き上げ、アピールしなければ、稼ぐ仕組みをつくることは難しいです。
長﨑:支援メニューが増えた結果、特定の地域において、複数の補助を受ける状況が生じ、有効活用がはかられているかの実態把握がしづらくなっていることは、課題として認識しています。今後は、地域ごとにトータルで成果を把握していくよう改善が必要です。
篠原:観光庁の努力もあり、DMOは順調に数を伸ばしているが、機能不全に陥った組織もあります。
長﨑:DMOは広域連携DMOと地域連携DMO、地域DMOに分類され、それぞれの役割を有していますが、今後は、組織数の増加を求めるのではなく、個々のDMOがその機能を最大限発揮できているかを把握する段階に入ったと思っています。
篠原先生をはじめ、専門家からのアドバイスを聞きながら、観光庁として、できることを具体化していきます。
篠原:観光業界では他産業との賃金格差が課題であり、賃金を上げていく仕組みが不可欠です。高単価で泊まってもらい、消費額を増やさなければ、給料は上がりません。
観光業の平均賃金がほかの産業を下回るなか、地域の観光従事者に仕事を続けていただくのは限界があります。
私の大学のゼミ生も卒業後、観光業界で働いており、最初はお客から褒められたり、感謝の言葉をもらうことで、やりがいを持って仕事に臨んでいます。
しかし、5~6年ほど経過すると、ほかの産業や地域との賃金格差に気づき、気持ちだけで続けることが難しくなります。
観光業界で、さらに稼いでいくモデルを構築できれば、人材が定着し、育成することもできます。
長﨑:旅行商品の価格を上げるためには、付加価値を上げる必要がありますが、それにはコストや手間が掛かります。しかしながら、これに取り組まなければ、良い人材は集まらず、産業としても発展しません。
観光庁においては、観光業者だけではなく、幅広い地域の関係者を巻き込み、さらなる高付加価値化を実現する好循環を生み出す取り組みに対し支援することとしています。短期的な成果を追い求めるのではなく、中長期的な視点から、持続可能なモデルを目指す取り組みを重点的に支援していきたいと思います。
篠原:観光税や宿泊税など新たな観光財源を得ようとする自治体が増えました。
長﨑:自治体が新たな税を導入するか否かについては、それぞれが自らのこととして判断すべき問題とは思いますが、オーバーツーリズム、高付加価値化など、地域全体での取り組みが必要となっている現状において、安定的な観光財源を確保することは重要な課題であり、議論の契機となることに期待を寄せています。
また、一部地域では二重価格の設定に関する検討がなされていますが、海外では外国語の解説板やガイドなど付加価値を付けることにより、違和感なく受け入れられている事例もあります。宿泊税と同様、外国人旅行者の満足度を上げるための財源確保という観点も含めて検討していただければと思います。
いずれにしても、日本でも提供する観光サービとそれに対する価格を検証するきっかけになることを期待します。
篠原:観光庁の支援事業はここ数年間で、大変充実してきました。
今まで観光とは無縁だった地域が改めて地域資源を見つめ直し、観光の視点で顧客価値を創造しながら受入体制の整備をしていこうとする自治体が増加しています。今年度、観光庁の事業で注目されている事業として、観光資源課が行っている「地域観光新発見事業」があります。私はこの事業に設計段階から関わっており、1次と2次を合わせて719件が採択され、実際に動き出しました。
長﨑:地域観光新発見事業は、地域の観光資源を活用した観光コンテンツについて、マーケティングデータを生かした磨き上げから販路開拓および情報発信までをサポートしています。訪日客に限らず国内観光客の地方誘客に資する観光コンテンツの造成を行うことができる点が特徴です。
観光庁としては、この支援制度を活用し、各地域が観光消費を創出するための仕掛けづくりを行い、稼げる観光を目指してほしいと考えています。
私が観光資源課長だったころ、課の予算が増加しても、地域からの申請が少なく、苦労しました。当時は、地域にとって観光庁がパートナーとしは認知されていなかったのだと思います。
そのことを考えると、多数の申請がなされ、倍率も向上している現在の状況は、隔世の感があります。
篠原:地域観光新発見事業は観光資源課の豊重巨之新コンテンツ開発推進室長が告知の準備や、1日でも長い公募の期間を設けるために、尽力していました。担当者を含めた観光庁全体の情熱が大きくなってきており、より攻めの舞台に上がってきました。
長﨑:より良い地域の取り組みを支援することは、観光庁の職員のやりがいにもつながっています。互いに情熱を持って観光振興をはかれることに、大変ありがたく感じています。
篠原:最後に、日本をはじめとした世界の観光関係者に、地域振興施策を講じるうえでの意気込みを語ってください。
長﨑:インバウンドについては、このまま順調に進めば、24年は、訪日外国人旅行者数は3500万人、消費額は8兆円と過去最高となることが視野に入っています。この効果を東京や大阪などの都市圏だけではなく、全国各地へ波及させることが私の使命であり、まさに今が絶好のタイミングと捉えています。
観光庁は、各地方運輸局などの組織も最大限に動員しながら、現場に入り込み、各地域が自信と誇りを持って、観光まちづくりに向けて取り組みを進められるよう取り組んでおり、私もその先頭に立って汗をかきたいと思っています。
現在、ライドシェアが話題となっておりますが、国土交通省においては、これを地域交通の空白問題と捉え生活交通だけでなく、観光の2次交通の確保の観点からも、課題解決をはかることとしています。観光庁としても、このような機会を生かして地域の声を聞きながら、さらなる連携強化を目指します。
観光庁や各自治体、観光事業者の職員の皆様方がこれまで注いできた努力を成果として開花させられるよう、少しでもお役に立つこと、それが自分の役目だと肝に銘じて邁進していきます。