2024年6月2日(日) 配信
空海の足跡を辿れば辿るほど、もっと知りたいと思う気持ちが増幅してくる。
奈良国立博物館でかつてない規模の空海展が開催されているということを知り、一路奈良へと旅立った。
まず展示室に入ると、京都・安祥寺に安置されている国宝の五智如来坐像にいきなり圧倒される。これは、大日如来を中心とした曼荼羅を立体的に表現している。密教の世界観は文字では到底表せられないということから、金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅という2つの曼荼羅絵図で表しているが、この曼荼羅の世界観を仏像で表現したものだ。
さらに、空海が制作に関して直接指揮を執ったとされる日本最古にして唯一の両界曼荼羅も展示されている。京都の高雄山神護寺に伝わったことから高雄曼荼羅と呼ばれており、2022年に修理が完了し、金銀泥で描かれる諸尊の輝きがよみがえった。
さらに、空海は20年という約束で留学僧として入唐したが、長安で恵果との運命的な出会いを果たし、密教のすべてを短期間で伝授してもらい、恵果からも早く日本に戻って密教を伝道せよとの言葉をもらって、2年後に帰国した。しかし、当初の約束よりも早く帰ってきてしまったことから、大宰府で留め置かれてしまう。そこで、密教がどのように伝わってきたかという経緯と、今回恵果から譲り受けた経典や絵画、仏具などの一覧を記した巻物を都に送り、都入りを許されたが、まさにその巻物「弘法大師請来目録」そのものが展示されている。
話に聞いていたものの現物が目の前にある、その感動は計り知れない。そして、なにもそのような背景を知らなかったら単なる箇条書きのリストなのだが、これが書かれた背景を知るからこそ、感動のあまり打ち震えるのだ。
この「弘法大師請来目録」に恵果が密教の正統な継承者だということが書かれてある。恵果の業績の偉大なところは、それまで密教はインドから中国に陸路で伝わった「大日経」の系統と、スリランカ、インドネシアを経由して海路で伝わった「金剛頂経」の系統があり、その2系統を融合させたのが恵果その人であった。
今回の展覧会では、インドネシアのジャワ島東部、ガンジュクから発掘された金剛界曼荼羅の彫像群を集め、円形台を重ねて、立体曼荼羅がつくられていた。これらから、海路で伝わった密教のルーツにアプローチができる。海路からの密教は平面的ではなく、より立体的で、むしろ密教の本来的な特徴を表しているのではないだろうか。
空海はことあるごとに密教は文字では表せないと語っている。最澄と最終的に決別したのも、最澄が弟子を派遣して経典を写させたりして、本当の修行に来なかったことによる。結局経典の文字を追っただけではわからない、言葉の奥に秘められた何たるかにアプローチできなければ、密教を理解したことにはならない。
曼荼羅図や声明などありとあらゆる感覚を研ぎ澄ませて、空海が恵果から伝授された密教の奥義をこの展覧会で一気に感じることができる。
旅行新聞の「観光人文学の遡航」でも紹介した秘密曼荼羅十住心論も展示されている。空海の世界にどっぷりとつかることができる見事な展覧会であった。
この展覧会は6月9日まで開催されている。また、奈良国立博物館に行くなら、そろそろ修復のための覆いで囲まれる興福寺の五重塔を今ならまだ見ることができる。
今年は空海生誕1250周年なので、各地で空海を偲ぶさまざまなイベントが開催されるが、東京国立博物館では、7月17日から「神護寺―空海と真言密教のはじまり」展が予定されている。24年は空海をたっぷり堪能できる1年になりそうだ。
■旅人・執筆 島川 崇
神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科教授。2019年「精神性の高い観光研究部会」創設メンバーの1人。