2020年3月25日(水) 配信
日本旅行業協会(JATA、田川博己会長)は2月21日(金)、東京都内で「JATA経営フォーラム2020」を開いた。総合テーマを「既存事業深化とイノベーション『両利きの経営』を目指して」と題し、旅行業経営を考える機会として全国から会員ら約300人が参加した。基調講演では経営共創基盤(IGPI)CEOの冨山和彦氏が、既存事業と新規事業を組み合わせることの必要性と、判断力のスピードについて語った。
分科会は、4つのテーマで行われた。「海外旅行2000万人時代を迎え、次なる時代の旅行商品とは!」、「デジタルネイティブ時代の新たな旅行会社のカタチ」、「今や成長領域! 最新事例から学ぶユニバーサルツーリズム」、「知らぬは損!? 事業力&収益力と従業員満足度を高める 旅行事業者のための導入・活用ポイント解説セミナー」の4会場に分かれ、最新事例報告やテーマについての議論が交わされた。
分科会は4つのなかから今回は、「デジタルネイティブ時代の新たな旅行会社のカタチ」について詳報する。
【入江 千恵子】
□継続と変化 組み合わせ
基調講演は「両利きの経営に求められる経営リーダーシップ」をテーマに、経営共創基盤(IGPI)CEOの冨山和彦氏が行った。
既存事業の深化とイノベーションを同時に行う「両利きの経営」の必要性について、経営者かつ経営コンサルタントの冨山氏は「既存事業を磨き込み、収益を上げていく。同時に新しい技術も取り入れていく。斜め45度が理想」と語った。
「新規事業を既存事業に取り込むことで、既存事業をもう一度、成長領域にする」と提案。一方で「新規事業には出費が伴う。投資への資金を稼ぐには、既存の事業をしっかりやることが大事」と力を込めた。
リクルートグループが運営する「じゃらんnet」の事例を紹介し、「出版業からインターネット型のビジネスに移行したが、昔から変わらず中心にあるのは営業力。旅館やホテルとコミュニケーションをしっかり取り、営業力で商品を作り上げている」と語った。
「媒体は変わったが、根底にあるものは変わっていない。続いていくものと変わっていくものの組み合わせ。『破壊と創造』をうまくパッケージングしていくことが重要」と説明した。
半導体産業の例 判断のスピード
経営者のリーダーシップの難しさは「変化の求めるスピードに合わせて、戦略を回転できるかどうかが重要」と述べた。
半導体産業の盛衰を経営者側の視点で述べ、「ファブレス(工場を持たない経営スタイル)に移行するとき、時間を掛けて段階的に売却した企業は全滅した」と話した。
そのうえで「当時、正しかったであろう選択肢は2つ」と述べ、「1つは潔く売却する。ファブリスと割り切り、スピードが大事だった。世界最大級の半導体メーカー、米国のインテル社などは、この道を選んだ」と決断の早さの重要性を語った。
2つ目は「日本の半導体メーカーが一緒になること。あの時、日本の半導体メーカーだけで、世界シェアの半分以上を占めていた。一緒になることで、世界最大のシェアを占めることができた」と振り返った。
講演の最後に冨山氏は日本の観光業について、「海外で生産する製造業と比較して、観光業はすべて日本のGDP(国内総生産)になる。雇用吸収力もある。日本を支える基幹産業になる」と総括した。
旅は円環 無事に帰る
特別講演には、高志の国(こしのくに)文学館の館長・中西進氏が登壇し、「令和に憶う旅」をテーマに語った。中西氏の考える旅は「自分の視野を広げ、チェンジ(変化)し、帰ること」だと述べた。さらに「旅は円環。旅に出たら、必ず無事に帰らなければならない」と説いた。
□分科会「デジタルネイティブ時代の新たな旅行会社のカタチ」
「デジタルネイティブ時代の新たな旅行会社のカタチ」は、将来の旅行業界のあり方について研究を進める「国内旅行マーケットにおける新たな役割研究会」のメンバーが登壇した。同研究会は昨年から7回にわたり、合計30時間の勉強会を実施。専門家の話や議論から得た成果を発表した。
同研究会から、座長で日本旅行の常務執行役員個人旅行統括本部長・大槻厚氏、JTBの個人事業本部事業統括部MD戦略担当マネージャー・加藤大祐氏、びゅうトラベルサービスの営業戦略部部長・西剛氏、KNT―CTホールディングスの国内旅行部課長・伊藤かおる氏が登壇。ファシリテーターは、JTB総合研究所の客員研究員・宮口直人氏が務めた。
顧客はミレニアル世代 コミュ重視の一面も
10年後の旅行業界を見据え、①人口に関わる市場の変化②テクノロジーの変化③主要顧客の変化④業界構造の変化⑤デスティネーションの変化――の視点から考察した。
「人口に関わる市場の変化」は、高齢化の加速により、消費行動の中心がミレニアル世代(1980―2000年ごろ生まれ)になることを念頭に置く。
「テクノロジーの変化」は、自動運転技術の実用化や宇宙旅行の隆盛など、テクノロジーの進化が旅行業界を取り巻く環境に変化をもたらすことが考えられる。また、AIによる旅行相談や申し込み、ロボット技術の活用などにより、サービスにも大きな変化が生じるだろうと分析した。
「主要顧客の変化」として、主要顧客はデジタルネイティブなミレニアル世代になる。彼らはインターネットが整備された環境の中で育ち、スマートフォンで高価な買い物もいとわない。一方で、自分にとって必要な情報を持っている人とは濃密なコミュニケーションを大事にする。単なるデジタルを使うだけの人たちではないとみる。
「業界構造の変化」は、発地型観光から着地型観光への移行が加速し、DMOとの連携が不可欠になると予測する。
「デスティネーション(着地)の変化」は、観光地の特色や観光客のニーズなどによって、旅行商品も区別するようになる。例えば、インバウンドが訪問する「ブランド観光地」や地域住民の生活を優先する「居住重視非観光地」、独自の地域資源を生かした「特価型観光地」などに整理できるとした。
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大槻氏は「これからの旅行会社の役割」として4つの提言を行った。1つ目は「店舗の役割」が〝旅行販売の場〟から〝ブランドコミュニケーションの場〟に変化するとした。ブランドコミュニケーションは、旅行会社は自社のブランド・アイデンティティを顧客に伝える。顧客は、旅行を通じて実現したい自分らしい体験を想起できるよう、双方向のやり取りを行う。
2つ目の「スタッフの役割」は〝販売員〟から“トラベルアドバイザー”への変化を挙げた。トラベルアドバイザーは、旅の専門的な知識を有し、顧客の体験価値を実現する役割を担う。
3つ目の「機能的役割」は〝コーディネーター(素材の組み合わせ)〟から〝インテグレーター(新しい価値の創造)〟に変化すると考える。デジタルネイティブ世代が求める旅行スタイルの実現を支援するため、さまざまな業種と共創する。
4つ目は「経営層の意識改革」をしたうえで、社内の構造改革、マーケットに対する改革、脱旅行業改革を推進することが大切だとした。
近年、旅行業界はグローバルOTAの台頭や異業種からの参入、新IIT運賃の導入などにより、従来の旅行商品や販売体系の変化が避けられない状況となっている。
大槻氏は最後に「いまは変革の時にある。業界としてどうしていくか。挑戦を続けていく必要がある」と呼び掛けた。