〈旬刊旅行新聞11月1日号コラム〉代替が利かない―― 組織の中で守備範囲の広いスタッフ
2021年11月1日(月) 配信
最近、血圧が高くて、裏通りの古びた病院に通っている。外観は昭和的。担当の女性医師も、このIT社会全盛のなか、すべてアナログで通している。私の話したことをパソコンに打ち込むのではなく、小さな文字でノートに書き写す。
そして、手元にある分厚い医薬書をめくり、きっちりと読み込んでから適当と思われる薬を処方してくれる。先生が医薬書のページを指先でめくる間、手持ち無沙汰な私はつい、先生の横顔を盗み見している。
いや、でも、懐かしい風景である。今は何でもスマートフォンで調べてしまうが、医療の専門家であるのに、昭和の中学生のように真面目に書物をめくる白衣の姿は、とても誠実で、信頼できるように映ってしまう。
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私の三男坊は航海士で、海図など専門的な書籍が山ほど積み重ねている。義理の妹は看護師で、医療関係の書籍がたくさんあった。こういった特別の知識と経験が必要な道を歩む人たちは、何となく生きてきて、これからも何となく生きていく私には、どこか羨ましく思える存在なのだ。
先日、カスタム専門のバイク屋に行った。そこの店は、通常はやってくれない難易度の高いカスタムにも相談に乗ってくれるので、心強い。私の最も苦手分野である複雑な電気の配線なども見事に仕上げてもらえる。さすが専門家だと感心してしまう。
また、現在、書籍の出版に向けて表紙デザインや色指定で、デザイナーに依頼した仕事が数点あったが、配色などプロの仕事ぶりに魅了されてしまった。やはり素人があれこれ悩むより、その道の専門家に頼んだほうが安心だし、仕事も早いと再認識した日々だ。
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特殊で高度な知識と技量を持つ専門家は、その専門性ゆえに、一般的に報酬も高い。では、サービス産業はどうだろうか、と考えてしまう。
例えば、旅館やホテル、レストランや飲食店などのホールスタッフは、それほど特殊な技量や知識がなくても仕事は可能だ。花形は、シェフや調理長であり、ホールスタッフは、いくらでも代替が利く存在として扱われることもあるのではないだろうか。
しかし、今やサービス業ではマルチタスク化が一般化してきている。一方で専門性の高い分野では仕事がさらに細分化されている弊害もあると聞く。
そうすると、守備範囲が広いスタッフのほうが、組織的な動きの中では、重宝されるべき存在なのではないかと思う。
電話や接客、レジ、清掃、苦情対応も、臨機応変に動けるスタッフは一見、スター性はないかもしれない。だが、代替が利くのは、むしろシェフの方かもしれない。
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医師やエンジニアなどは特殊な技術を持っているが、同様の技術を有する別の人でも依頼できる。しかし、日常的な業務をそつなくこなし、大変そうな素振りもみせない人は、突然いなくなったときに機能不全を起こし、穴の大きさに気づく。
スポーツの団体戦を見ても、サッカーのボランチ、野球のショートストップ、バレーボールのレシーバーが窮地を救う守備範囲の広さに感動する。
サービス業も繁忙時間はさながら戦場だ。足を止めず、視野と守備範囲が広いスタッフがいるだけで、現場の士気は高まる。
(編集長・増田 剛)