津田令子の「味のある街」「噴湯盛り」――奈良偲の里玉翠(静岡県・熱川温泉)
2021年11月6日(土) 配信
今年6月、3つの部屋をリニューアルした奥熱川にある「奈良偲(ならしの)の里(さと)玉翠(ぎょくすい)」で提供される名物料理「噴湯盛り~紡(つむぎ)~」が評判を呼んでいる。
同館の姉妹店である玉翠館は、100年以上前の1914(大正3)年に、熱川の海岸線沿い、現在の道灌の湯付近で産声を上げた。その20年後、紆余曲折を経て熱川の坂の上、現在の駅前に移転する。海は伊豆旅行に欠かせない観光の目玉の1つだが、新天地は海岸線から離れ、宿から海を眺めることはできない場所だった。海がないのであれば、温泉と料理にこだわり抜くことを決意したという。
新鮮な海の幸を使用した豪快な伊豆料理の味だけでは、他の宿との違いが出ない。「目と舌で楽しめる料理を」との願いから発案されたのが「噴湯盛り」だ。目でも楽しんでいただけるよう器や演出にもこだわった。
熱川温泉の名物である温泉やぐらをモチーフにしたのが噴湯盛りと名付け意匠登録を行った。時は流れ、玉翠館はこの地区で一番の老舗となった。その姉妹店である奥熱川奈良偲の里玉翠と、伊豆高原大室の杜玉翠でも、伝統ある噴湯盛りをいただけるようになった。創業以来のこだわりである、目と舌で楽しめる料理を形にするため、新たに器作りから始めたという。
「今回の噴湯盛りは、創業の地である、坂に富んだ熱川温泉の地形をイメージしております。そして、先代たちからの料理、温泉への思いを紡ぐという意味も込め、「噴湯盛り~紡(つむぎ)~と命名いたしました」と太田宗志専務はおっしゃる。「あふれ出る湯けむりは、我われにとっては先代たちの思いが、お客様にとっては、料理の中でも温泉地らしさを感じるものであってほしいと切に願っております」。お料理からあふれ出る湯けむりは話題性に富み、「新鮮で温泉地らしさがにじみ出ている」と、お客からも好評だ。
湯守が丁寧に見守る源泉掛け流しの湯舟に浸かれば心が解けてゆくのがわかる。玉翠の木のぬくもりに包まれた客室にある露天風呂と、2つの大浴場で、心地のよい時間を過ごしている。
(トラベルキャスター)
津田 令子 氏
社団法人日本観光協会旅番組室長を経てフリーの旅行ジャーナリストに。全国約3000カ所を旅する経験から、旅の楽しさを伝えるトラベルキャスターとしてテレビ・ラジオなどに出演する。観光大使や市町村などのアドバイザー、カルチャースクールの講師も務める。NPO法人ふるさとオンリーワンのまち理事長。著書多数。