「観光革命」地球規模の構造的変化(240) 岸田政権と観光立国
2021年11月2日(火) 配信
岸田文雄首相は内閣発足から10日後の10月14日(木)に衆議院を「奇襲解散」した。解散から10月31日(土)の投開票まで17日間という戦後最短の短期決戦になる。この原稿は衆院選の真っ最中に執筆しているが、多くのメディアの報じるところによると、今回の衆院選では自公による与党体制の継続が確実視されている。そのために岸田政権の継続を前提にして観光立国の行方を探ってみたい。
岸田首相は「分配なくして、次の成長はなし。成長と分配の好循環を実現する」と述べて、効率と競争を優先する新自由主義路線の見直しを提唱し、「新しい資本主義の実現」を経済政策の柱にしている。
9年近く続いたアベノミクスの恩恵は大企業や富裕層に偏り、格差の拡大を助長したために実質賃金の下落が続き、消費不振と低成長が生じた。岸田首相は自民党総裁選の際に中間層への所得配分を強化する「令和版所得倍増」を目指すと訴えていた。コロナ禍で疲弊する国民生活を立て直すためには、アベノミクスで広がったとされる所得格差の是正が不可欠である。
岸田首相は衆院選の前に首相直属の機関として「新しい資本主義実現会議」を設置し、ポストコロナ時代の経済社会ビジョンを策定し、具体的な政策の立案を行う体制を整えている。既に15人の有識者が会議メンバーとして公表されている。
安倍政権や菅政権でブレーンとして重用され、訪日観光立国政策の旗振り役を担ってきた竹中平蔵氏やデービッド・アトキンソン氏などはメンバーに入っていない。さらに自公政権の中枢で長らく「観光立国」政策を力強く推進してきた菅義偉氏と二階俊博氏が官房長官・首相や自民党幹事長などの要職を離れたので、今後の観光立国政策は大きな変化を被る可能性が大である。
新しい資本主義実現会議のメンバー構成を見ていると、観光立国を強力に応援する人は居ないようである。従って、これまでのようなインバウンド観光に力点を置いた「観光の量的拡大」ではなく、地域主導による地域資源の活用に力点を置いた「観光の質的向上」にシフトしていくべきだ。ポストコロナ時代における日本観光の安定的発展のためには国内旅行の充実化が不可欠であり、その前提として岸田政権による「中間層の所得倍増」の成否が注目される。
北海道博物館長 石森 秀三 氏
1945年生まれ。北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授、北海道博物館長、北洋銀行地域産業支援部顧問。観光文明学、文化人類学専攻。政府の観光立国懇談会委員、アイヌ政策推進会議委員などを歴任。編著書に『観光の二〇世紀』『エコツーリズムを学ぶ人のために』『観光創造学へのチャレンジ』など。