〈旬刊旅行新聞11月11日号コラム〉小田急線――小児運賃「一律50円」へ値下げを英断
2021年11月11日(木) 配信
上京して最初に住んだのは、小田急線の生田駅だった。隣が定食屋さんで、毎日通い肉野菜炒め定食を注文した。
そこの高齢の女将さんがカウンター越しに「はい、御御御付(おみおつけ)」と味噌汁を手渡してくれた。「御御御付」という面白い言葉を、そのとき初めて知った。
その定食屋でアルバイトをしていた同世代の兄ちゃんが、麻雀店への配達が終わる夜10時ごろに決まって私の部屋に遊びに来た。マンションは小田急線の線路沿いにあり、警笛を頻繁に鳴らす運転手もいて、深夜に鳴らされたときは布団の上で飛び上がるほどびっくりした。
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そこから引っ越したのは隣駅の向ヶ丘遊園駅。畳4畳半で家賃1万9千円の生活が始まった。入口の扉の内側には、かなり古くなった河合奈保子の水着のポスターが貼られていた。次に引っ越すまで、そのポスターを貼り替えなかった。誰だか知らないが、前の住人と私の好みは不思議と一致していた。
その狭い部屋は2階にあった。窓を開けると、今は無き、向ヶ丘遊園に向かうモノレールが私の部屋の真ん前を通過していった。笑顔いっぱいの乗客たちをただぼんやり眺めていた。
その後、下北沢駅に引っ越した。襖ばかりがある部屋で、私はこの部屋を密かに「大奥」と呼んでいた。その襖をすべて取っ払うと、妖艶さは失われ、柔道場のように広い畳の部屋に様変わりした。
就職してからは中央線の三鷹駅、西武池袋線の秋津駅など他の沿線に移ったこともあったが、結婚してからは再び親しみ深い小田急線に戻ってきた。
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小田急線は、バブル絶頂期のラッシュアワーには電車に乗れないほど混雑していた。新宿など都心に向かう通勤・通学利用者だけでなく、グループ子会社には箱根登山鉄道や、江ノ電も有し、観光にも力を入れているため上下線が混雑した。小田急線を代表するロマンスカーは人気が高く、見慣れていてもわくわくさせる。
近年は複々線化にも取り組み、車内の混雑はかなり解消されていた。少子化の影響で沿線の大学、高校、中学校などへの通学利用者も減り、団塊の世代が退職していったことも混雑解消に大きな影響を与えた。
時差通勤も推奨されていたなか、コロナ禍に突入した。最初の緊急事態宣言が発令された昨年4月は、目を疑うほどの“ガラ空き”状態となった。今もテレワークなどの継続もあり、乗客はコロナ以前の水準まで戻っていない。
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そんな小田急線が2022年春から、小学生の小児運賃を大人の半額から、「どの区間を乗っても一律50円にする」と発表した。小学生の通学定期の値下げも検討するという。いずれも小児用のICカード乗車券「PASMO」が必要となる。
小田急線にとっては鉄道収入が減少するが、子育て世代を沿線周辺に集め、グループ会社の百貨店やスーパー、アミューズメント施設などへの利用を促していきたい考えだ。値上げばかりの世の中で、運賃の値下げは、英断だと思う。
神奈川中央交通などグループのバス会社とも連携して、地域住民や旅行者などの移動やサービスがICTで結びつき、より便利になるMaaSの取り組みも一層加速していくだろう。これからの小田急電鉄の進化が楽しみだ。
(編集長・増田 剛)