津田令子の「味のある街」「しょうがの佃煮」――天安本店(東京都・佃島)
2021年12月31日(金) 配信
初詣でにぎわう佃住吉神社にほど近い東京都中央区佃島に、創業1838(天保8)年の天安本店はある。184年余りの間、佃煮発祥の地佃島にこだわり、この土地で製造と販売を続けている老舗だ。「天安」の商号は、初代「安吉」の安の字と「天保年間」の天をとり「天安」と命名したという。
1603年、徳川家康が江戸幕府を開いたとき、生涯忘れることのできない献身的な働きをしてくれた佃村(現大阪市西淀川区佃町)の漁民33人を江戸に呼び、石川島に近い島を居住地として与え、故郷の佃村に因み「佃島」と名付けたという。彼らはこの地で白魚などの漁をしながら江戸城内の台所を賄うことで漁業権を与えられ時化どきにお菜に事欠き、また漁期には腐らない副食物が必要なことから、湾内で獲った小魚類を塩辛く煮込んで保存食を作ることを考えた。その後千葉から醤油が渡り塩煮から醤油煮に変わり佃島で作られたので佃煮と命名され江戸市中に売り出したと店の栞に記されている。
創業当時から現在まで受け継がれてきた色々な素材を煮たときの最後に残る煮汁である「たれ」を味付けの基本とし、184年分のあらゆる素材の味が染み込んでいるのだ。この「たれ」が佃煮屋天安そのものだという人も多い。
風情のある店に入ると、奥では畳に座って進物用の箱詰めや発送の準備に一生懸命だ。ショーケースには天安昆布、あさり、しらす、あみ、えび、たらこ、うなぎ、きゃらぶきなど人気の商品がずらりと並ぶ。我が家の夕飯の定番・しょうがの佃煮が、艶っぽくきらきら光っている。佃煮は長持ちするので、ついつい多めに買ってしまう。隣近所へのお裾分け、遠方の方への御年賀にも「東京名物」として喜ばれる1品だ。佃煮は手を汚すことなく包から出して直ぐに食べられる。保存がきいて栄養面でもタンパク質、カルシウム、鉄分など、身体に必要なものが種々多量に含んでいる。
お節とお雑煮に飽きたら、炊き立てのご飯とみそ汁と佃煮で、新年を過ごすというのも粋ではないだろうか。
(トラベルキャスター)
津田 令子 氏
社団法人日本観光協会旅番組室長を経てフリーの旅行ジャーナリストに。全国約3000カ所を旅する経験から、旅の楽しさを伝えるトラベルキャスターとしてテレビ・ラジオなどに出演する。観光大使や市町村などのアドバイザー、カルチャースクールの講師も務める。NPO法人ふるさとオンリーワンのまち理事長。著書多数。