「観光人文学への遡航(20)」 安心保障関係と相互信頼関係
2022年2月23日(水) 配信
買い手の不安を解消するためには、ちゃんとした商売をしているように伝えることが必要だ。だから、マナーを徹底したり、敬語を使ったり、マニュアルを通して品質の均質化やパッケージ化をはかったりする行為に結びつく。そのような仕掛けを加えることで、買い手が抱く心配事を除去し、安心を保障する。そこで得られる関係のことを「安心保障関係」と言うことを前回説明した。
サービス現場では、このサービスのパッケージ化やマナー教育、マニュアルの徹底など、ほとんどが、このお客様との安心保障関係を構築するための業務が多いように思われる。
例えば、大手回転寿司チェーンがいま全国にネットワークを広げているが、値段が不透明だった既存の寿司店と比較して、1皿○○円と明確に提示してあるので、会計のときに不安になることはなくなった。ただ、この場合、お客は自分の既に知っているネタを注文するので、どうしても新たな価値を創造するというよりも、価格勝負となることの方が多い。
一方、値札のないような、大将おまかせでにぎってもらう高級寿司店に行くと、例えばこんな光景に出くわすことがある。
大将:「お客様、何か苦手なものはありますか?」
客:「私はどうもアワビが苦手でね」
大将:「かしこまりました。お客様、ためしにこれちょっと食べてみてください」
客:「あれ、これは初めて食べる食感だ。旨いね。これはなんてネタですか」
大将:「アワビなんです」
この芸当は固定的サービスによる安心保障関係ではない。お客は現にアワビが苦手と言っているのに、よりによってそのアワビを提示するなんて、もしかしたら怒られるかもしれない。この安心保障関係を敢えて越えて、リスクを覚悟のうえで顧客の懐に入り込む関係性を相互信頼関係と言う。
このことからも、ホスピタリティは単なるおもてなしではないことはよく理解できるであろう。おもてなしと呼ばれている行為の多くは、安心を保障するためのマナーや、サービスのパッケージ化に比重が置かれているからであって、「心からの」なんて言葉が頭についていることも多いが、よく吟味してみると、その中身の本質はサービスのパッケージ化ではないだろうか。
お客様を心からお迎えするために打ち水をする、お客様の言葉をさえぎらず、すべて話してもらってからこちらの対応を始める、謝罪の意を伝えるために眉毛で表現をする、お辞儀の角度は〇〇度等々、ホスピタリティの専門家と言われる人々の口から出てくるホスピタリティの実践事例がどれだけマニュアル化されて、リスクの除去に主眼が置かれているかということを考えると、皮肉としかいいようがない。
コラムニスト紹介
神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏
1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。日本国際観光学会会長。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。
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