〈旬刊旅行新聞6月1日号コラム〉「大正ロマン×百段階段」―― ものづくりの圧倒的な力に魅了された
2022年5月30日(月) 配信
5月24日、成田空港に米国からの訪日モニターツアーの参加者が訪れた。約2年間続いた「鎖国状態」の門戸を開くきっかけとなる事業だ。
また、ようやく屋外では会話を控えればマスク着用の必要がなくなるようで、長かったコロナ禍を抜け出せる希望を持てるようになってきた。
先日、東京・目黒のホテル雅叙園東京で開かれている「大正ロマン×百段階段」イベントに行ってきた。旧目黒雅叙園三号館の「百段階段」は旅行新聞紙面でも何度か紹介していたが、私自身は行ったことがなかったので、休日訪れてみた。
大正ロマンを代表する画家・竹久夢二作品をはじめ、人気イラストレーター・マツオヒロミ氏が大正ロマンの世界観に影響を受けた作品「百貨店ワルツ」とのコラボレーション展示や、ステンドグラスを配しモダンな喫茶室を再現した部屋など、大正―昭和初期の世界を体感するイベントで6月12日まで開催されている。
館内は、予想通り女性客が圧倒的に多かった。どの客室や階段でも写真映えすることもあって、着物姿で記念撮影する人もいて大変華やかだった。
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“昭和の竜宮城”と称された豪華な目黒雅叙園。風呂屋の丁稚奉公から一代で築き上げた細川力蔵(1889~1945年)の商才とアイデアに驚いてしまった。
資料によると、力蔵が料亭経営に乗り出す昭和初期は、一般大衆が文化や経済を動かし始めた時代。いち早くこの流れに目を付けた力蔵は、上流階級のものだった料亭を大衆に開放するために安価な設定とした。
力蔵のアイデアは花開く。開業時には目黒駅内のタクシー会社を買収し、「5人以上なら旧東京市内ならどこでもお迎えにあがる」サービスも始めた。
また、当時の結婚式は神社で挙式を行ったあと、料理店やホテルに移動するのが通例だった。力蔵は「費用も時間もムダ」と考え、館内に神殿や衣装室、美容室、写真室、宴会場を備え、現在の総合結婚式場の先駆けを作り出した。
さらに、百人風呂といわれる大きな浴場を備え、広大な庭園では動物をたくさん飼って子供たちがふれあったり、美味しい料理を食べたり、家族で楽しめるリゾート文化をいち早く具現化していった。
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雅叙園を訪れた日は、あいにくの雨だったが、庇のある外のベンチに座って濡れた緑の景色や、湿った匂いを感じながら、しばし余韻に浸っていた。雅叙園の過剰とも言える美術作品や芸術品に圧倒された頭を少し冷やした。
これから外国人旅行者も再び増えていくだろうが、日本の「大正ロマン」という和洋折衷の独特な文化をぜひとも体感してほしいと感じた。
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全国には地元の文化工芸品や美術品などを展示している旅館やホテルが数多くある。石川県・和倉温泉の加賀屋では、能登の伝統工芸を湯番頭と巡る「館内は美術館ツアー」が人気を博している。鹿児島県・指宿温泉の指宿白水館の薩摩伝承館には3千点の薩摩工芸品を展示しており圧巻だ。
文化、芸術、工芸、農業も含め、ものづくりの圧倒的な力があるからこそ人々が魅了され、その地を訪れたくなる。観光振興策をあれやこれやと考えるよりも、ものづくりの力を磨きたい。
(編集長・増田 剛)