「鉄道開業150周年を契機に~寄稿シリーズ②」 米山淳一氏「鉄道遺産は身近な観光資源」
2022年6月18日(土) 配信
鉄道発祥の地、横浜の歴史的建造物などの調査や保存・活用を行う公益社団法人横浜歴史資産調査会では、日本鉄道保存協会(当公益社団が代表幹事・事務局)と協働で有識者からなる鉄道開業150周年記念事業委員会を設置し、鉄道遺産調査や、これをもとに「鉄道の記憶」(仮)の発行、セミナー、展示会等を計画している。
鉄道遺産調査については、2014年に当公益社団内に鉄道遺産調査隊(隊長=堀勇良・元文化庁主任文化財調査官、当公益社団理事)を結成し、横浜市内の東海道本線沿線を歩いた実績がある。土盛りされたのか、それとも付け替えられたのか、鉄道開業時の遺構は見当たらなかった。しかし、東海道本線が横浜から延伸し、幹線としての形を整え始める明治20年ごろからの遺構は目に見える形で残っていた。
とくに保土ケ谷―戸塚間は顕著で、清水谷戸隧道上り線を筆頭に築堤を貫く小さな沢に架かる赤レンガの和倉橋梁など数例が確認できた。そこは、東海道線や横須賀線が行き交う現役の路線。まさに大発見と調査後の打ち上げで大いに盛り上がった。しかし、何としても開業時の痕跡を探りたいと酔った勢いで堀さんに絡むと、「あればとっくに誰かが見つけているさ!」と肩透かしで、意気消沈した記憶は鮮明である。
あれから7年。横浜ではなく、東京・高輪で大規模な築堤の遺構が出た。しかも国指定特別史跡となり快挙となった。そう言えば、小林清親作の明治期の版画で見た石積みに似ている。
一方の横浜には本当に無いのか。SLが飲んだ水が湧く横井戸を発見といっても確証はない。そんなモヤモヤを晴らしてくれたのが「旧横濱鉄道歴史展示(旧横ギャラリー)」に展示されたSL110号だ。開業時に英国から輸入された10両の一員で本物。JR東日本が資料に基づき立派に復元している。まさに開業時の横濱ステンション跡に里帰りである。
場所は洒落たフードコート、スーパーマーケットやカフェに挟まれた商業空間で、ビジネスマンはもちろん、若いカップルや飲み仲間、買い物帰りの主婦など、さまざまな皆さんが行き交う日常風景のど真ん中に鎮座し、さりげない展示が実にカッコイイ。
今や歴史的鉄道車両、施設、構造物は鉄道遺産と呼ばれている。文化庁が保存・活用をすすめる近代化遺産(我が国の近代化に貢献した産業、交通、土木遺産)の範疇に入り、まちづくりや地域活性化に活用され文化観光資源となった。
横浜市では、横浜臨港線(明治末期)の跡を橋梁、築堤などを含め横浜市認定歴史的建造物として保存活用し、遊歩道として整備した。市民公募で「汽車道」と名づけられ、赤レンガ倉庫や象の鼻パーク、山下臨港線プロムナードとともに横浜の人気観光スポットとなっている。
全国に目を向ければ廃線跡だけでなく、現役の幹線、ローカル線、私鉄、三セク路線などをよく見ると、鉄道遺産で溢れている。列車に乗って歴史的車両、駅舎、橋梁、隧道、さらに鉄道沿いの旧街道の歴史的町並みや周辺集落を訪ねるのも鉄道の旅の醍醐味であろう。お酒、肴、お食事、お菓子、お土産品、伝統工芸も楽しみ、地域にチャリンチャリンとお金を落とすことをお忘れなく。