〈旬刊旅行新聞6月21日・7月1日合併号コラム〉旅先の魅力的な店――発見の喜びは移動距離に正比例する
2022年6月28日(火) 配信
観光庁の和田浩一長官は「全国を対象とした観光需要喚起策」(全国旅行支援)を、7月前半にもスタートすることを発表した。夏休みを前に、新たなキャンペーンが展開されることは、観光業界にとっては歓迎すべきことだ。
訪日外国人旅行者も6月10日から添乗員付きパッケージツアーとして受け入れを開始した。わずかだが以前に比べて、外国人観光客を目にする機会が増えてきたように思う。出張で利用する新幹線の混雑ぶりもコロナ前に近づいている。
6月は総会シーズンだった。今年はリアルでの総会がほとんどで、本紙紙面も「3年ぶりにリアル開催」の見出しが躍る。日本旅館協会や日本温泉協会の総会では懇親パーティーも開かれ、「ああ、コロナ前はこんなだったな」と忘れかけていた記憶が戻ってきた。7月7日には3年ぶりに第31回全国女将サミット2022長野が開催される予定だ。少しずつ以前の生活に回復していく過程にあることを感じる。
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しかし、このような明るさが見え始めた状況のなかで、若干だが観光業界において危惧するところがある。
先日、とある観光地に出掛けた。日帰り旅行だったので、昼食はとても大事だ。ネットで調べ、地元の鳥を使った親子丼を食べようと、期待に胸を膨らませ目当ての店に入った。だが、出てきた親子丼のごはんに、夢は潰えた。炊き具合はとてもひどく、お粥のようにドロドロだった。
「観光地の丼はリスクが高い」という格言を忘れていたわけではない。最近、食堂選びで幸運が続いたせいで、心の中に針の穴程度の驕りと隙が生まれていただけだ。しかし、観光地の食堂は、旅行者のわずかな隙を決して見逃してはくれない。
何と言えばいいのか、つまり親子丼を売りにした「プロの店」でありながら、最も大事で基本的なごはんの炊き方を失敗したこと。そしてそれをお客に出したこと。リピーターに支えられる食堂ではおそらくあり得ないことだ。「一度訪れたらおそらく当分再訪しないだろう」という、観光地ゆえの、甘い考え方が根底にあるのだろう。
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観光地を訪れることが生業の身の私も、1人の旅行者として何度も失敗を繰り返してきた。昼食で1時間半ほど待たされて不味い蕎麦が出てきたり、高すぎる料金に戸惑ったり。
全国各地の観光地にも、多くの旅行者が訪れ始めていることだろう。日常的に訪れてくれるお客にはやらない低品質なサービスを、一期一会の旅行者相手に提供する場面を想像すると、「観光産業の社会的地位向上」をいくら唱えても、社会がたやすく認めてくれない理由の1つでもあると、残念に思う。
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このような安易な考えを持つ店はごく一部であり、東京の評判高い店を凌ぐ、味やおもてなしをしている店はたくさんある。そのような魅力的な店を見つけたときの喜びの大きさは、移動距離と正比例する。
旅先で美味しかった店はすべて覚えている。だから、次に訪れる機会があったときには、万難を排して再訪する。私が訪れるような店であるから、いわゆる“一流店”ではない。地味で、小さい。遠くて簡単には訪れることはできないが、「相変わらず美味しかった」と思える瞬間のために、胸の中にあり続ける。
(編集長・増田 剛)