〈旬刊旅行新聞8月1日号コラム〉旅と酒――少量の日本酒をゆっくりと味わいたい
2022年8月1日(月) 配信
旅と酒は相性がいい。旅先で飲む酒は、自宅で飲む酒よりも美味しく感じることが多い。
20代のころは、ビールばかりを飲んでいた。安い居酒屋で生ビールを勢いに任せて何杯もおかわりをして、二日酔いに苦しめられた。
30代になって、赤ワインが好きになり、最初の1杯は生ビール、そのあとは赤ワインを飲むスタイルに変わっていった。
1人でバーに行くこともたまにあり、そのときはスコッチをロックで飲んだ。マッカラン18年が美味しく感じ、シーバス・リーガル18年も好きだった。懐事情により、実際に多く飲んだのは、バランタイン12年だったと記憶している。
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旅先の旅館で宿泊する際には、宿に着いてチェックインが終わって客室で荷物を降ろすと、まずは広縁で、窓から見える風景を眺めながら「プシューッ」と缶ビールを開けて、1日の旅の疲れを癒す。
その後、大浴場で温泉にゆったりと浸かって、浴衣姿で汗を拭きながら客室でもう1本プシューッを開ける。ほろ酔いのまま食事処で、麦焼酎の水割りなどを注文して、夕食を堪能するのが楽しみであった。
旅館の売店で土産品などを眺めていると、決まって美味しいおつまみが目に留まるもので、そうすると、そのおつまみと缶酎ハイで眠くなるまで飲むというのがおおよその旅館での過ごし方であった。
地方都市で宿泊する場合は、日暮れ時にビジネスホテルを出て、街に繰り出す。
にぎやかな飲み屋街を歩き、少し離れた場末か、裏通りの目立たない看板の小料理屋に入って、少ないお品書きの中から、数品選んで、瓶ビールと、日本酒の熱燗などを注文して旅情に浸る。
そのような店は1軒だけでは収まりがつかず、結局2、3軒回って千鳥足気味にホテルに戻るということも多々あった。
小樽や青森、輪島、金沢、大阪、松本、博多、長崎、熊本、那覇など、近年訪れて楽しませていただいた街での酒場めぐりが、忘れられない思い出となっている。
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最近は、長年の不摂生がたたり、無茶な酒の飲み方を禁じているし、そもそも大酒を飲みたいという気持ちが、これっぽっちもなくなってきている。
私はこの状態を少しも寂しく感じず、むしろ歓迎すべき状態だと捉えている。今は、舐めるように少量の日本酒をゆっくりと味わいたいと思っている。
「美味しいものを少量いただきたい」というニーズがあるとは聞いていたが、今の自分がそうなった。地元の旨い肴を、細い箸先でちびちびと舌の上に乗っけては、お猪口に冷酒を注いで、口の中に少しだけ流し込む。体の内側に芳醇な酒が沁みわたり、五臓六腑が「もう少しください」と要求してきても、「そう、焦るない」と静かに説得する。窓から見える夜空に白い月が出ていると、尚良い。
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昨夏は旅で東北を2周した。そのときに、1人旅をしている私と同じような中年男性をつぶさに観察した。実に気ままで楽しそうに映った。
最近の宿はスタイリッシュで、お洒落で、写真映えするようになった。心底から敬意を表したい。しかし、ガタがきてくたびれ気味の中年男には、障子が少し破れた宿の方が休まることもある。寂れた宿が捨て難い夜もある。
(編集長・増田 剛)