「街のデッサン(256)」 持続可能な高品質観光の創造、福永晃三氏発想の「観光検定」の意味とは
2022年8月14日(日) 配信
京都の近しい経営者・福永晃三氏から、この春2冊の本をいただいた。漫画風編集の福永さん自身の個人史、もう一冊は経営する会社の社史である。株式会社フクナガは、先代の兵蔵氏が日本で最初のティーサロンを1930年、英国リプトンの直轄喫茶部として京都三条に創業したのが始まり。爾来、喫茶とレストラン事業の店づくりに半世紀研鑽を重ねたが、その起業家精神を下地に、82年に晃三氏が引き継いだ。とはいっても一升マスには一升しか入らない。晃三氏の商売への果敢な挑戦が始まる。
福永さんと私は、日本商工会議所の観光専門委員会に所属しともに勉強した。観光専門委員会は「観光立国・日本」を支える研究支援組織であるが、全国の中小企業が観光産業とリンクして新たな事業イノベーションを創発させることが目的だ。福永さんはこの部会で先駆的な役割を果たし、私は大いに啓発された。
観光産業と地域の中小企業をどうシナジーさせるかは、観光立国の肝となる。この重要な命題への答えが、フクナガの社史に開陳されていた。
その答えとは、京都の都市文化を愛する市民の力を基盤に、京都産業の革新と多様性を生み出す起業家が中軸になり、観光という難事業と「新結合」させる構想である。これは経済学者シュンペーターの「イノベーションとは異なった分野を“新結合”させることで生まれる」というテーゼを見事に実現させている。
すなわち福永さんが発想し、京都商工会議所が日本で最初に実施した「京都・観光文化検定」という制度に結実した。この構想は、ロンドンを訪ねるたびに市民の街への愛、知識、もてなしの素晴らしさに感嘆し、直感が躍動した。市民が街の歴史と文化の豊かさを自ら学び、誇りともてなしの心に昇華していく。その理解度を検定し、合格すれば観光ガイドの資格あり、というご褒美ももらえる。
この制度設計と検定のテキスト作成に17人の専門家が係わって、通称「京都検定」が生まれ、2004年に1回目の試験が実施された。私も公式テキストを手にしたが、これが秀逸だ。市販ガイドブックを遥かに超えた深遠な歴史、社寺仏閣などの資源、芸術文化や生活にまつわる祭り行事、さらには花街、路地の魅力まで扱われている。
「京都検定」の制度は、これまでの観光キャンペーンやGo Toなどの金銭支援とはまったく違った「観光文化」の質を磨き、地域産業の持続可能性を担保するものである。そしてこれこそが新しい観光資本主義が目指すものではないかと私は高く評価している。
コラムニスト紹介
エッセイスト 望月 照彦 氏
若き時代、童話創作とコピーライターで糊口を凌ぎ、ベンチャー企業を複数起業した。その数奇な経験を評価され、先達・中村秀一郎先生に多摩大学教授に推薦される。現在、鎌倉極楽寺に、人類の未来を俯瞰する『構想博物館』を創設し運営する。人間と社会を見据える旅を重ね『旅と構想』など複数著す。