〈旬刊旅行新聞8月11・21日合併号コラム〉「何でもできる旅」より――制約の大きな旅の方がワクワクする
2022年8月19日(金) 配信
コロナ禍になって、旅行需要が激減する観光業界だが、もう一つ大きな問題としてビジネス出張の機会減少がある。
Zoomなどオンラインでの打ち合わせやミーティングが一般化し、移動時間や交通費、宿泊費を抑えられるメリットの大きさから、しばらくの間出張はゼロにはならなくても、頻度が減っていくことが予想される。
これは電話が発明された時代に、急用でわざわざ先方に走って行かなくても要件を伝えられるようになった便利さと同じ原理であるが、いくら電話やファックス、メール、SNSが浸透しても、対面の重要度は変わらないのが面白い。
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コロナ禍以前は、私も取材で地方都市や、温泉地に出張する機会が多くあった。 沖縄県知事へのインタビューで早朝に羽田空港を立ち、那覇空港から県庁に行って帰るだけの日帰り出張もあった。そのときはさすがにセツナイ気分になったが、ビジネス出張とはそもそもそんなもので、帰りの那覇空港で御菓子御殿の「元祖 紅いもタルト」を買って帰るだけでも、上出来な1日なのだ。傍から見ると小さな喜びかもしれないが。
というのも、最近は「自由度の高い旅」は、普段よほど大きな抑圧を感じていない限り、爽快感は得られないということを多分に感じるようになった。
日常生活では変化は無意識のうちに減っていく。大体同じ時刻に起きて、似たようなシンプルなメニューの朝食を取る。昼にはいつものコンビニでホットコーヒーを買う。家に帰ってもルーティン化した行動が楽に感じる。新聞記者という仕事は日々新しい情報と向き合うため、生活の基本部分はあまり変化を付けたいとは思わない。飽きるまで同じものを食べ続けるし、ビールも同じ銘柄だ。
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この傾向が非日常の代表格である「旅」にもつながってきていることが、若干恐く感じる。例えば、明日から「北海道5日間の旅をしよう」と想定した場合、私は過去の楽しかった記憶を手繰り寄せ、定番の小樽やニセコ、富良野なども寄ってみたくなるだろう。猿払村や留萌市の鮨屋にも行きたいと思う。
だが、それらエリアに行こうとすれば、北海道は広大なため、何度も通ったルートを辿り、美味しくて忘れがたき店を再度確かめるだけの旅になってしまう。そうすると、何となく「過去に縛られるだけの不甲斐ない奴」と、自分を意味なく責めたりもする。
一方で、「過去に行ったところには行かない」と固く決心し、初めて訪れるエリアの観光名所や、美味しい店、宿を5日間分、旅行前に探すのも結構面倒で、大変なのである。そうなると、5日間のうち、2日は以前に行って良かったエリアを再訪し、残り3日間は新規開拓するという、訳の分からない配分に思考が惑わされる。
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だとすれば、ハナからビジネス出張で、「1日目は終日会議のため、夜だけは繁華街で自分の好きな店を選べる」や、「2日目の午後に帰りの電車を少し遅らせれば、もしかしたらずっと前から行きたかった有名な寺社仏閣や温泉に立ち寄れるかもしれない」という、かなり制約の大きな旅の方がワクワクしてくるから不思議だ。「何でもできる旅」よりも、「ギリギリの旅」を楽しめるよう、出張再開を応援していきたい。
(編集長・増田 剛)