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「津田令子のにっぽん風土記(88)」「水と緑の恵みを受けて文京区・大塚」~ 東京・大塚編 ~

2022年8月27日(土) 配信

大塚公園内にある露壇を説明する二藤部さん
ふるさとの旅を考える会 オブザーバー     二藤部 奈保美さん

 「私の生まれた文京区大塚坂下町(旧名)の坂下通り沿いには、昔は水窪川という川が流れていました。豊富な地下水を利用して1960年代までラムネ(社名:岸野ラムネ)が造られていたそうです」と話す。水の恵みを受けながらこの地に生まれ育った二藤部さんは、いつお目にかかっても瑞々しく、さわやかで人を元気にする力をお持ちなのだ。

 

 「護国寺に近い音羽には、江戸時代に長野から製紙職人が移り住み和紙が作られるようになり、文京の紙漉きの歴史の始まりとなったそうです。坂下町は大きな塚の下の窪地に水が集まり川となり、その川を利用して生活をしていたのではないかと想像しています」と語る。

 

 江戸時代の音羽は紙漉き業が盛んで現在は暗渠となっているものの、水窪川が流れ豊富な水があったことで紙漉きに向いていたようだ。明治中期には70軒ほどあった紙漉き家は、洋紙の伝来とともに需要が和紙から洋紙へと変わり、水質の悪化なども影響して次第に衰退していった。ご両親が青果店を経営していたという水窪通り商店街は道の両側には店が軒を連ね、夕方には買物客で通勤ラッシュ並みのにぎわいをみせていたという。

 

 少し歩くとこんもりとした杜を指して、「この深い緑の奥が皇室の方々が眠る豊島ヶ岡御陵です。御陵裏の脇道がかつての水窪川の流路で、今も当時の石垣が残っていて、昔懐かしい井戸もあります」と説明してくれた。

 

 新大塚から大塚3丁目に向かう途中にあるのが、大正時代にできた大塚公園だ。「開園は1928(昭和3)年で文京区ラジオ体操発祥の地(昭和4年に始まったと言われているので全国的にも一番早く始まったくらい)と言われています」。

 

 春の夜桜見物もお勧めだそうだ。「電灯に照らされた花びらが浮かび上がり美しいです」。会社帰りにご主人と待ち合わせして缶ビール片手に立ち寄るという。

 

 「大塚は、とても静かで住みやすい所です。とくに自宅付近は緑が多く、朝は鳥のさえずり、夏にはアゲハ蝶、夕方になるとヒグラシ(蝉)の声も聞こえます。秋はトンボ、雨降りの時期にはヒキガエル、そして蛇さえ見かけることがあります。古さと新しさが混在する……それが魅力だと思います」。

 

 毎日欠かさず聖書を読み、美味しいものを食べることが好きという二藤部さん。「どちらも自分を養い育ててくれる」と、満面の笑みが印象に残る。

 

津田 令子 氏

 社団法人日本観光協会旅番組室長を経てフリーの旅行ジャーナリストに。全国約3000カ所を旅する経験から、旅の楽しさを伝えるトラベルキャスターとしてテレビ・ラジオなどに出演する。観光大使や市町村などのアドバイザー、カルチャースクールの講師も務める。NPO法人ふるさとオンリーワンのまち理事長。著書多数。

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