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「観光人文学への遡航(29)」 秘密曼荼羅十住心論①

2022年11月26日
編集部

2022年11月26日(土) 配信

 真の密教の教義に触れたい一心で、年下かつ格下にもかかわらず空海に弟子入りをした最澄と空海が、途中から仲たがいをすることになったのは、空海の求める修行に対して、多忙を理由に参加せず弟子を送り込んだこと、また空海のもとで修行をしていた最澄の弟子泰範を戻さなかったことを挙げたが、理由はそれだけでもなさそうだ。

 空海の著作は多岐にわたっているが、その中でも主著と言われているのが「秘密曼荼羅十住心論」である。そしてこれはかなり難解であり、わかりやすくしたのが、「秘蔵宝鑰」である。ここに書かれてあるのは、人間の心を10段階に分け、低い段階から高い段階へと向上するようすである。

 十住心論を具体的に見てみると、

 第一 異生羝羊心
 第二 愚童持斎心
 第三 嬰童無畏心
 第四 唯蘊無我心
 第五 抜業因種心
 第六 他縁大乗心
 第七 覚心不生心
 第八 如実一道心
 第九 極無自性心
 第十 秘密荘厳心

 と、人間の心の重層性を10段階にして表現している。そして、仏教を含めて既存の宗教がどの段階に位置しているのかも明示している。これを次回にまたがって紐解いていくが、ここに最澄と空海の仲たがいの一因があるように思えてならない。

 第一の異生羝羊心は、ただ欲のおもむくままに生きる生き方で、人間であるにもかかわらず、動物と同じ状態であることを示している。異生とは凡夫のことであり、羝羊とはオスの羊のことである。

 第二の愚童持斎心は、日ごろの生き方を反省し、社会のために役に立ちたいと思う心である。しかし、仏道を目指す人からすると、まだまだ愚かな子供のレベルである。空海は儒教がこのレベルであるとしている。渋沢栄一が実業と道徳の一致を「論語と算盤」という言葉で表現したが、空海に言わせたら論語もまだまだ下から2番目の段階だと評価していることが大変興味深い。

 第三の嬰童無畏心は、赤ちゃんがお母さんに寄り添ってすっかり安心しているさまを表している。これは善行を積んで来世で天上に生まれ変わった心とも言えるが、これは来世で心地よい世界に生まれ変わりたいから現世で善行を行うという動機がまさに私心そのものであり、この場合は善行の効果がなくなると、また天界から下落してしまうことになる。生死輪廻の苦しみからはまだ完全に解脱しているわけではない。この境地にあるのはヒンドゥー教の前身であるバラモン教である。

 第四の唯蘊無我心から仏教の世界へと入っていく。ここまででもかなり高次の精神性を持っているようにも思うが、密教の求める精神性の目指すところはまだまだ先である。

 

島川 崇 氏

神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏

1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。

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