歌舞伎町にゴジラ出現 ― 世界中の旅人がカメラを構える地に
福岡の高校を卒業してから、東京に上京した。さまざまな手続きのため、その時期一度だけ母親と小倉駅から新幹線に乗って東京に向かったことがあった。高層ビルが建ち並ぶ都心近くに差しかかったときのことだ。母親が車窓から目に入った鉄塔を指差して、「ねぇ、あれは東京タワーと違う?」と遠慮のない、よく通る声で隣の席の私に聞いてきた。あからさまに田舎者と思われたくない私は、「は? 何が」と聞こえないふりをしたが、母親は「あれは東京タワーなんやろ?」とさっきよりも大きい声で再び聞いてきた。周りを見ると、スーツ姿で経済誌や英字新聞などを広げた都会的なビジネスマンだらけ。おそらく東京タワーで間違いないだろうけど、遠くなのでなんとなく小さく見え、もしかしたら、なんでもないただの鉄塔かもしれないと今一つ確信が持てず、私は自信を持って「そうさ、母さん。あれが東京タワーさ。母さんはあんなものが珍しいのかい」と言えなかったのだ。単なる鉄塔を東京タワーと母親に説明しているところを、前の席に座る見ず知らずの紳士がおもむろに振り返って「お母さん、息子さんは東京タワーとおっしゃっていますがねぇ、残念ながらあれは東京タワーではありません。つまらない鉄塔ですよ、ハハハ」と訂正されてはかなわないと思っていたのだ。
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東京で一人暮らしを始めてからは、渋谷に行けば忠犬「ハチ公」の像の前に立ち、まるで彼女と待ち合わせをしているかのようにときどき腕時計などを見ながら、「これがかの有名なハチ公か」と何度も眺めた。「もしかしたら、タモリに会えるかもしれない」と、新宿の「アルタ」前に用もなく昼ごろ行ったりした。もちろん東京タワーにも行った。
友人も、親戚も、誰一人知人のいない東京の街で、東京を象徴するような場所を訪れては、小さな感動を繰り返していた。
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その習性は、その後もしばらく続いた。札幌に行ったときは時計台を見に行ったし、海外旅行ではパリの凱旋門、ニューヨークのタイムズスクエア、ロンドンのビッグベン、ローマのスペイン広場など定番中の定番に“取りあえず”行った。
憧れの観光地には人々を強く惹きつける象徴的な建築物や風景があり、世界中の旅人たちは、その場所で感慨に浸る。
あれから20年以上が経ち、色々なところを旅してきた。そして、東京での生活が福岡での生活よりも長くなってきた。それでも、もし東京を初めて訪れる地方の若者や、外国人に東京を案内するとしたら、やはり定番中の定番に連れて行くと思う。そのあとは、その人の興味のある場所などに勝手に行ってもらえばいいのだ。
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来年4月に東京・新宿の8階建て新宿東宝ビルの屋上テラスに実物大のゴジラの頭部が設置される。地上52メートルの位置で、1954年の第1作の「ゴジラ」と同じ高さだ。歌舞伎町の街から眺めるゴジラの頭部をCGで見たが、新宿の新たな観光スポットになるだろうと思う。ゴジラはハリウッド映画にも登場し、世界的なモンスターキャラクターである。大阪・道頓堀の「グリコ」の看板も「大阪だ!」と感じる街の象徴的な風景として溶け込んでいる。歌舞伎町の「ゴジラ」も街に根づき、世界中の観光客がカメラを構える東京観光の定番になってほしいと思う。
(編集長・増田 剛)