〈旬刊旅行新聞4月1日号コラム〉―― プロの仕事 大人の本気のサービスに接してみたい
2023年3月31日(金) 配信
4月のこの時期に旅館を訪れると、ロビーやラウンジ、食事処などにフレッシュなスタッフを目にすることが多い。若いスタッフがキビキビと館内で働いている光景は、旅行者にとっても爽やかな気持ちになる。
しかしながら、3年にわたるコロナ禍が大きく影響し、サービス業界、とりわけ旅館・ホテル業界では人手不足の問題が深刻化している。サービス業は相対的に賃金水準が低く、離職率が高い業種である。また、サービス業に限らず、どの業界でも入社して3年という一つの節目があり、3年以内に離職していくケースが多いのも現実だ。
一方で雇用する、一部の旅館などでは、「3年ほどで新しい人材と入れ替わるサイクルを繰り返した方が、フレッシュさを保てていいのだ」という考えもあるようだ。
¶
その土地の歴史や文化などを、宿のコンセプトやデザインに取り入れ、若いスタッフが元気いっぱいの笑顔で迎えてくれる宿も増えてきた。
地元で採れた料理の素材や、館内の楽しみ方、過ごし方などを宿泊客に説明してくれる。何度も練習しているのか、言い淀みがない。
だが、宿を「快適に過ごしてほしい」という気持ちが強いせいか、説明がやや一方的で、悪く言えば「押しつけに感じる」こともある。逆に、こちらが知りたい情報を質問すると、即答は難しく「少々お待ちください」と奥の方に行って、しばらく戻ってこない。
特定の宿を指しているわけではなく一般論であるが、何事にもスタイリッシュさを大事にした感じが強いわりには、学生の「~ごっこ」のような、素人感が漂うことが多々ある。これで割と高い料金に設定されていたら、やはり冷めてしまう。だとしたら、最初から“素朴さ”を前面に出してくれた方が、こちらもヘンな肩ひじを張らずに済むため、居心地がいい。
¶
先日、東京會舘の「Drape(ドレープ)」というレストランで食事をする機会に恵まれ、支配人の方々とお話させていただいた。東京會舘は100年の歴史を有する。
丸の内界隈を中心にレストランや宴会事業などを展開し、数々の海外の要人やVIPをもてなしてきた。丸の内のローカルルールを知り尽くしているので、地元のお得意様は大事な会食のときには信頼のおける東京會舘を利用することが多くなるという話も聞いた。そこが昨日今日進出してきた高級チェーンホテルにもできない存在価値である。2、3年で現場の人材が入れ替わるようでは、長年培ってきたノウハウを大切に守り続けることはできないし、プロの仕事に到達しない。
老舗の名ホテルや名レストランなどには、老練のサービスマンがいる。旅館でいえば、数々の修羅場を潜り抜けてきた百戦錬磨の女将が存在することで、場の雰囲気が引き締まり、接客現場が大きく変わる。
¶
若い優秀なスタッフだけで、旅館やリゾートホテルの接客は可能かもしれない。表面的には、世界的な一流リゾートホテルや、老舗の名ホテルの“真似事”もできるかもしれない。
しかし、お客と直に接客するサービス業ほど誤魔化しがきかない業種もない。経験がモノを言う世界だ。高い評価を受ける宿で長年経験を積んできたベテランスタッフは鈍く輝く。大人の本気のサービスに接してみたい。
(編集長・増田 剛)