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春の素晴しさを堪能 ― 桜を愛でながら温泉に浸かる「贅沢」

2015年3月21日
編集部

 春らしくなってきた。春は別れや出会いの季節であり、花も咲き、薫り、大好きな季節なのであるが、花粉症にかかって以来、春の到来が憂鬱になっていた。しかし、今年はクスリが体質に合ったのか、あまり花粉症に苦しまないで済んでいる。私はこのクスリを開発してくれた人に感謝している。なぜなら春の素晴らしさを久しぶりに堪能できているのだから。

 酒を愛した李白の『月下独酌』という詩が好きだ。

 「花が咲く木陰に酒壷を持ち出したものの、相伴してくれる友もなく、ひとり手酌で飲む。そこでふと見上げると月がいた。杯を挙げて、月を招き、自分の影も含め、三人で心いくまで春を楽しむ。自分が歌えば、月はそれに合わせて動き回る。自分が舞えば、影もゆらめく。楽しい時間だが、酔いつぶれてしまえば別れ別れになる。いつまでもこんな清らかな交遊を続け、いつか天の川で再会しよう」というような感じの詩だ。

 春は、花と酒が似合う。月もどこか朧気で、趣がある。花と言えば、桜だ。そして桜に合う酒は、やはり日本酒である。この春は美味しい日本酒を買って来て、たくさん飲み、桃色の花びらを杯に浮かべ、花に酔おうと思う。

 春の訪れを花に感じるが、都会の街角にも春を感じさせる瞬間がある。それは街を歩くOLたちが黒いロングコートから、春色のスプリングコートに着替えるころだ。

 昔、まだ私が大学生のころ、ある女性と知り合った。その人は私よりの一つか二つ年下だったが、会社勤めをしていたので私よりも随分オトナだった。学生の私は自堕落で、夕方ごろに目覚め、新宿で彼女と待ち合わせた。間抜けな格好をした私と、朝からしっかりと働いたあとの疲れ気味の彼女は、口開けのバーでビールやジンを飲んだ。しかし、彼女は社会人で、私は、友もいない夢想的な大学生。話はいつもあまり噛み合わなかった。それでも、私が誘えば、彼女は「いいよ」と仕事が終わると会ってくれた。顔はブスで、性格はねじ曲がっていたが、体つきがいやらしかったので、若い私は少し夢中になった。しかし、そのような関係も長くは続かず、最後に駅で別れたときの彼女の着ていた春コートが可愛らしかったことだけ、いつまでも鮮明に覚えている。春の思い出。不思議なものだ。

 旅先で花と触れ合う「フラワーツーリズム」という旅行スタイルもある。近年は、春の桜の開花に合わせ、外国人旅行者が多く訪れるようになっている。

 桜並木の下で繰り広げられる花見の宴会のさまに、外国人は驚くかもしれない。私は桜の下で、赤ら顔になって陽気にはしゃぐ光景が、能天気で、馬鹿に見えるがゆえに好きだ。あくまでも人間が中心で、桜が背景で楽しそうな人たちを盛り上げているような感じがいい。

 しかし、桜の名所と言われるところはどこも混雑している。喧騒を離れ、李白のように一人で静かに酒を飲みたい人には、自分だけのお気に入りの桜木があれば最高だ。露天風呂や客室から桜を眺められる宿は日本には数多くある。夜桜を独占的に愛でながら、温泉に浸かることは、「贅沢」の一言に尽きる。 

 風景とは、心が映し出すものであり、桜もさまざまな姿となって人の目に映る。同じ花でも毎年違って見える。不思議な花だ。

(編集長・増田 剛)

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