〈旬刊旅行新聞9月21日号コラム〉――観光業界に溢れる造語 「仕事のために館詰め」の方が潔い
2023年9月21日(木) 配信
家の近くの中華料理屋さんがいつの間にか居抜きで別の店名に変わっていた。それで「どんなお店かようすを見て来よう」と思っていたところ、先日、ようやく行く機会が訪れた。料金はリーズナブルで、味も悪くない。何よりも接客が以前の店よりも格段に良くなっていた。外食することが少なくなったため、たまに行く安食堂や安酒場で、接客スタッフが笑顔で料理やドリンクを運んでくれるだけで気分が良くなってしまう。
人手不足が深刻化しているなか、気持ちよく料理をテーブルに持って来てくれる、「人」によるサービスの価値が高まっていることを感じる。
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一方で、不思議に思うことが1つある。それは、高額の料金を設定しているグランピング施設の夕食が「バーベキュースタイル」という矛盾だ。ブランド牛肉など、ふんだんに高級食材が提供されているのだろうが、基本はキャンプのため、自分で火を熾し、食事の準備をして、調理しなければならない。施設側は食材さえ提供すれば、お客が好きな時間に勝手にバルコニーなどで肉を焼いたり、野菜を切ったり、皿を並べたりしてくれるのでラクである。「キャンプに高額の料金は出さないし、高額の料金を出すのであればキャンプはしない」派の私には、このスタイルが長く続くのだろうかと思うことがある。
コロナ禍に高額な宿泊料金でありながら、各客室の冷蔵庫に予め入れている弁当を、お客自らが温めて食べるサービスを提供していた宿があったが、「旅館やホテルのサービスとは何か」について、深く考えさせられた。
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そういえば、今年の夏に、苫小牧港から八戸港にフェリーを利用したときに、荷台に牛を乗せた大型トラックが何台も乗り込んでいた。その日のフェリーは大きく揺れたため、私は夜中ずっと船内の狭いベッドで「牛たちはこんなに揺れるトラックの中で大丈夫だろうか」と心配になったのだが、おそらく、そのトラックの運転手たちと思われる人たちが、船のラウンジでビールを飲んでいた私の隣のテーブルで酒を飲み始めた。
すると、その中の1人が「オレさ、この夏休みにカミさんが行きたいというグランピングに娘を連れて行くことになったんだ」と話した。「なにぃ、グランピングって何よ」ともう一人が聞いた。「何だか知らないけど、テントとか張ってるやつじゃないのかなあ」といったような会話をしていた。
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グランピングとは、「グラマラス」と「キャンピング」を掛け合わせて造語で、「ホテル並みのサービスを野外で愉しむ魅力的なキャンプ」とウィキペディアは説明している。わりと浸透した造語かと思っていたが、どうやらまだまだである。
最近の観光業界はさまざまな造語で溢れている。「ワーク」と「バケーション」を掛け合わせた造語「ワーケーション」は、「普段の職場と異なるリゾート地や観光地で働きながら休暇を取ること」とある。一見、新しいスタイルに見せかけようとする言葉だが、どこか生ぬるい気持ち悪さがある。個人的には、仕事にも、休暇にも中途半端な姿勢を表す言葉に感じる。「仕事のために館詰め」の方が潔くて好きだ。「ビジネス」と「レジャー」で「ブレジャー」。「ホテル」と「バカンス」で「ホカンス」。ちょっと恥ずかしい。
(編集長・増田 剛)