【精神性の高い旅~巡礼・あなただけの心の旅〈道〉100選】-その30-浜比嘉島の聖地・アマンジ(沖縄県うるま市) アマミチューとシルミチュー 琉球開闢神の足跡を訪ねて
2023年10月8日(日) 配信
縄文文化に触発された岡本太郎は、琉球文化にもまた触発された。岡本太郎は、自分自身とは何かを探すために日本各地を回り、最後に辿り着いたのが沖縄だった。そこで、太郎は、あまりにも過去を知らなさ過ぎた、そして、自分自身を再発見したと語っている。
太郎が触発された縄文と沖縄、この共通点は色々あるだろうが、私は、渦の存在を感じる。火焔型土器はどう見ても火炎ではなく、渦だ。沖縄も、洗練されたリゾート施設が並ぶ西海岸ではなく、ごつごつした東海岸だ。太平洋の荒波の先に、ニライカナイがある。
ニライカナイの存在は現在ではかなりポピュラーになった。天国とか、明るい楽園のようなイメージを抱く。外部から来る観光客たちは沖縄自体の楽園感をニライカナイに重ね合わせてもいる。
そもそも、琉球の神話によれば、琉球開闢の神アマミキヨ(アマミチュー)がニライカナイから久高島にやってきて、沖縄を形成したとされているが、アマミチューだけでなく、人の魂はそもそもニライカナイにあり、そこから現世にやってきて、寿命を終えるとまたニライカナイに帰っていくと考えられている。かつてより琉球では、死後7代して死者の魂は親族の守護神になるという考えが信仰されている。
民俗学者の柳田國男は、ニライカナイは日本神話における根の国と同じとみなしている。これは、「ニ」=「根」に通じるということからきているようだが、どうも日本神話の罪や穢れを洗い流す先としての根の国のイメージとニライカナイが結びつかない。これは、柳田國男が単なる語感だけで決めつけているのか、それとも、ニライカナイはそもそもそんな楽園ではないのではないか、または、根の国自体もそんな地獄ではないのか、そんなことを想いながら、アマミチューの墓と言われるうるま市浜比嘉島の小さな島アマンジに向かった。
アマンジには、アマミチューとともにニライカナイから下ってきたその夫である男性神シルミチュー(シネリキヨ)も祀られている。島では聖地として崇められており、節目節目に各地から参詣する人が現れる。
浜比嘉島は、アマミチューとシルミチューの間に子が生まれた場所としても知られており、子宝や安産の御利益が内外に知られるようになった。浜比嘉島は島全体が信仰の島となっていて、大小30もの拝所が今も存在する。その中でも最も信仰を集めているのが、その名もそのままシルミチューという霊場である。
シルミチューは、アマミチューとシルミチューがともに暮らした場所とされており、100段の石段を昇って行った先にある鍾乳洞の洞窟だ。普段は格子で閉ざされているので、一般参詣者はその格子の外から拝むことになる。
この洞窟でアマミチューとシルミチューは暮らした。決して大きくないその洞窟で、アマミチューとシルミチューの家族が暮らしていたことを想像すると、つつましく民の安寧を祈っていたに違いない。
やはり、ニライカナイに光り輝く天国を期待するのではなく、狭くても家族仲良く肩を寄せ合って愛情たっぷりに暖かく生きるところこそがニライカナイそのものではないかと感じる。
那覇の喧騒や豪奢なリゾート地の気分をせっかく離れてここまで来るのだから、食事は地元の人が普段使いする場所で食べるといい。那覇から見て浜比嘉島よりも手前にある沖縄市漁業協同組合パヤオ直売店では、その日の漁獲でメニューや値段も変わるが新鮮な獲れ立ての魚介を使った料理が手ごろな価格で味わえる。洗練されてしまっている那覇やリゾートにはない沖縄の暖かい原風景がここにもある。
■旅人・執筆 島川 崇
神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科教授。2019年「精神性の高い観光研究部会」創設メンバーの1人。