地熱開発緩和に反対、資源エネ庁などに要望(日本温泉協会)
日本温泉協会(大山正雄会長)は5月27日、経済産業省資源エネルギー庁の上田隆之長官宛てに、「地熱開発のための国立・国定公園内の規制緩和に反対する」趣旨の要望書を手渡した(別掲)。大山会長と、佐藤好億・地熱対策特別委員長の連名で、「現在17カ所の地熱発電所の総電力は全体の0・3%に過ぎず、3倍でも1%に満たない。一方、地熱開発で温泉が枯渇した場合の雇用や地元経済の損失とは比較にならない」と反対の理由を説明した。
5月20日には、大山会長や佐藤委員長らが環境省を訪れ、同様の趣旨の要望書を望月義夫大臣宛てに手渡した。
【要望書】
地熱開発のための国立・国定公園内の規制緩和に反対します
政府は2030年時点の電力供給シェアで再生可能エネルギーの割合を 20%台にする計画であると聞いています。このうち、地熱発電を現在の50万キロワットを約3倍の140万キロワットまで引き上げるために高温の火山性熱水が多く分布する国立・国定公園内の規制を緩和し、政府主導で地熱発電を多くの地域で開発する計画が持ち上がっています。すでに環境省は「国立・国定公園内の地熱開発に係る優良事例形成の円滑化に関する検討会」を持ち、今年7月ごろに結論を出すことを予定しています。
1・我が国の地熱資源と利用について
我が国は世界第3位の地熱資源量を持ちながら、その8割が国立・国定公園内の火山地域にあるので活かされていないという地熱発電側や資源エネルギー庁の意見があります。しかし、世界第3位の地熱資源量の数値自体が暖昧です。さらにその地熱資源量とは地下深部の地熱貯留層の体積と温度を掛け合わせた容積法によって30年間の発電量として推定されたもので、数十万年にわたり地下深部からの熱水や熱伝導によって地熱貯留層に蓄積されたと推定される熱量です。すなわち、これは周辺から絶えず供給されているにしても、多くが地熱貯留層内に閉じこめられている蓄積熱量ですから、再生可能エネルギーというより、石炭・石油に類似する「化石熱エネルギー」です。
日本の地熱発電所は1力所でおよそ5万キロワットです。それに要する蒸気は150℃以上毎時500トンを必要とし、箱根・草津などの大温泉地の温泉の総熱量に相当します。
地熱発電は温泉の源である地熱貯留層の熱水を深度1千―3千メートルの掘削井(生産井)で大量に湧出させるため、周辺の温泉地では、その影響と思われる「湧出量の減少」や「泉温の低下」などの温泉の枯渇化現象が報告されています。
温泉地には観光や健康保持や癒しを目的に、年間1億2千万人の宿泊と数千万人の日帰りの利用者が訪れています。我が国の温泉は最古の「日本書紀」に記されているように1300年を超える歴史があり、地元産業と世界に冠たる温泉文化を育んでいます。また、温泉は訪日外国人観光客にも好まれ、観光立国を目指す21世紀の我が国の観光の重要な一翼を担っている貴重な資源であり、自然環境と一体です。
温泉は日本人の好むものですから日本列島の至る所で開発・利用されています。そのため主に火山地域に分布する地熱資源の豊富な約190力所の主要温泉地でも温泉資源の利用はすでに限界に達しています。日本の温泉の総熱量は非火山地域のも含めると石油換算で年間900万トンで、原油輸入量の約5%に相当します。すなわち、日本は地熱を「温泉」として最大限に利用している世界有数の地熱利用国です。
2・地熱発電の問題点について
地熱発電は熱水が地下深部から上昇する過程で熱水から分離した蒸気で発電機のタービンを回転させています。蒸気は使用後、大気中に放出されますが、熱水は高濃度のヒ素などを含んでいるため還元井で地下に戻しています。熱水を地下に戻しやすくするためには、熱水から析出する物質が地層に目詰りを起こさせないため硫酸を混入させているので地下環境の汚染が起きています。この汚染された熱水が周辺の温泉地に湧出したならば、その温泉地に人は訪れなくなり、温泉旅館や観光産業のみならず、交通機関を含めた地元経済が壊滅的な状況に直面するでしょう。
地表の自然環境は、とくに火山地域においては地下環境の結果です。地下環境が変化すれば、地表の自然環境はいずれ変化するでしょう。地表部の風致景観に影響のない開発や、傾斜掘削による地下開発であれば可能とする考え方は理解できません。また、地熱発電は地表のみならず、地下の大規模開発にも関わらず、地下で何が起きているか目に見えないため大きなリスクをはらんでいます。
現在の17力所の地熱発電所の総電力は日本の水力や火力などによる総電力量のわずか0・3%です。たとえ3倍にしても1%にも達しません。その地熱発電が1億数千万人の温泉利用者と、数十万人の温泉関係者の雇用と地元経済、および観光立国としての貴重な自然環境資源と比較になるとは思えません。
地熱発電は地球温暖化をもたらす二酸化炭素の排出量が石炭・石油火力より単位発電量当たり2ケタほど小さい利点を有していますが、発電量が全体の0・3%―1%未満なら総量に対する寄与率は小さく、むしろ有害な硫化水素などを危惧しなければならず、必ずしもクリーンとはいえません。しかも経済産業省の2015年度の試算によれば地熱発電は192円/キロワット・時と、水力、石炭・LNG火力、太陽光などより高価です。
温泉の利用は地下の自然供給量、いわゆる再生可能エネルギーという概念を基礎としています。日本の温泉が1300年以上前から今日においても変わらず利用されていることがそれを証明しています。しかるに、地熱発電は自然供給量のみでなく、地熱貯留層の熱水と蒸気から分離した熱水を再び地下に戻す行為を含めての再生可能エネルギーという概念ですから、温泉の自然供給の熱水利用の概念とは似て非なるものです。
3・温泉資源の保全について
電力確保は国の重要課題ですが、一方で観光や福祉も将来にわたる重要課題です。温泉は有史以来、日本人に好まれ、保養や医療的効果が経験知として認められてきたからこそ大切に守ってきたものであり、老齢者の医療費削減にも大きく貢献しています。高齢化社会を迎えた今日、温泉の重要性は一層高まっています。
繰り返しとなりますが、地熱発電所と主要温泉地は地下の火山性熱水を利用しています。主要温泉地でも多くは温泉資源の利用が限界に達しています。すべての資源は有限です。地熱資源といえどもその例にもれません。地熱発電能力を現在の2倍から3倍にするならば、新たな地熱発電所は最も有望な地熱水の存在する現在の温泉地に近づき温泉枯渇をもたらすことは大いに推測できます。
4・まとめ
我が国の多くの温泉は国立・国定公園内に存在し、規制と長年にわたり多くの人々の努力によって守られてきました。その温泉を、総電力の1%に満たない地熱発電のために失ってもよいのでしょうか。地熱発電の増加は将来に大きな負の遺産を残し、国家的利益の損失であることは明白です。
以上により、一般社団法人日本温泉協会は、かけがいのない国立・国定公園の自然環境と温泉を守り後世に継続し、また観光立国のためにも地熱開発のための国立・国公園内の規制緩和に反対します。