「観光革命」地球規模の構造的変化(263) サイクルツーリズムの功罪
2023年10月14日(土) 配信
北海道はサイクリングのパラダイスと喧伝され、「サイクルツーリズム・北海道」が大々的にプロモーションされている。「大パノラマの絶景や地元ならではの味覚、多彩な泉質や趣向を凝らした宿など魅力が満載」「最大の魅力は走りやすく、隅々まで整備された道路網」「他国と比べて安全性が高いのもポイントのひとつ」などと謳われている。
北海道は自転車ロードレースにおいても先進地域だ。国内最大級の自転車ロードレース「ツール・ド・北海道」は今や北海道の夏の風物詩の1つ。このロードレースは世界最高峰のツール・ド・フランスをモデルに1987年に初開催された。コロナ禍によって2020年と21年は大会開催が中止、3年ぶりに開かれた昨年は、海外チームの参加がほとんどなかった。今年は4年ぶりに渡航制限がなくなり、海外招待5チームが参戦した。
今年のレースは9月8日(金)から3日間で3ステージを行い、道内の4市17町が舞台となる予定だった。ところが不幸にも、第1ステージの上富良野町の道道を走行中に中央大学チームの4年生選手(21歳)が反対車線の乗用車と正面衝突して死亡した。この事故を受けて、今年の大会は37回目で史上初めて中止になった。なんとも痛ましい事故であった。
自転車ロードレースの本場である欧州の大会では選手が通過する時間帯に合わせて、区間を順次、全面通行止めにしている。一方、ツール・ド・北海道の場合には一般車両の通行を妨げないために片側走行が原則。ところが近年は自転車の性能が向上し、レースが高速化しているために対抗車輌が危険と指摘されてきた。出場選手の安全の確保は必須であり、今後は一定の時間帯に全面通行止めが検討されるべきだが、果たして地域住民や関係者の理解を得ることができるかどうか。
日本の旅行業界は「ビジョン・ゼロ」運動に参画しているのだろうか。95年にスウェーデンで始まった運動で、道路交通システムにおける死亡・重傷事故をゼロにするキャンペーンで、世界各国で推進されている。環境に優しく、健康にも役立つサイクルツーリズムは重要であるが、危険も隣り合わせている。旅行業界はビジョン・ゼロ運動に学びながら、地域団体と協働してより良いシステムの構築を工夫すべきだ。
北海道博物館長 石森 秀三 氏
1945年生まれ。北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授、北海道博物館長、北洋銀行地域産業支援部顧問。観光文明学、文化人類学専攻。政府の観光立国懇談会委員、アイヌ政策推進会議委員などを歴任。編著書に『観光の二〇世紀』『エコツーリズムを学ぶ人のために』『観光創造学へのチャレンジ』など。