台北・日勝生加賀屋にて旅館文化の今後を語る
加賀屋(石川県・和倉温泉)
相談役 小田 禎彦 氏
「観光とはその土地の文化を味わい、またその期待に応えること」小田相談役
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ABBA RESORTS 坐漁荘(静岡県・浮山温泉)
総裁 葉 信村 氏
「旅館が今後、本当の意味での国際交流の場になれば」 葉総裁
石川県・和倉温泉「加賀屋」が台湾の台北・北投温泉で運営する「日勝生加賀屋」を4月25日、静岡県浮山温泉「ABBA RESORTS 坐漁荘」のオーナーである「CIVIL GROUP」(本社=台湾台中市)の葉信村総裁と、同社のグループ企業で、リゾートホテル事業を行う「ABBA RESORTS」の賈惠安社長が訪れた。当日は、加賀屋の小田禎彦相談役と小田真弓女将が出迎え、互いに日本と台湾で旅館経営を行う立場から、日本文化の魅力や旅館の持つ可能性、これからの展望などについて、自らの経営哲学を交えながら思いを語り、交流を深めた。会談は、本紙が台湾で4月23―26日に行った「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」プロモーションの時期に合わせ、台北に滞在していた両者に働きかけて実現した。
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≪旅館の伝統を受け継ぎ、日本文化を未来へ≫
■葉総裁:私が日本に深い関心を抱くようになったきっかけは、「越後の上杉謙信公が、敵方である武田の領民に塩を売り、その生計を助けた」という話に触れたことを始まりとします。私は彼の義の心に大変感銘を受け、その言葉は胸に刻まれました。
その後、新潟を訪れ、人間国宝の刀剣作家・天田昭次先生に出会い、日本の素晴らしい文化でもある日本刀の魅力を知る御縁を持ちました。先生は作刀の依頼を簡単には受けない方ですが、お願いしたところ、「この刀を作る意義は何か」と問われました。そこで私が「義」という言葉を伝えたところ、先生は生涯の集大成と言える「義之刀」の作刀を承諾してくださいました。先生の遺作ともなった作品です。
坐漁荘では、新たに「義の心」という日本刀のギャラリーを設け、皆様の目に触れていただけるよう、展示をしています。本当は客室に刀をお持ちし、手に取ってじっくりと鑑賞していただきたいところなのですが。
■小田女将:お話を伺い、葉総裁は日本人以上に、もしかしたら日本の感覚をお持ちの方のように思います。私たちも日本刀に関心があり、収集の経験がありますが、管理などは大変ではないですか?
■葉総裁:そうですね。ただ、私は文化というのは、国家民族所有のものではなく、全人類の文化遺産として引き継いで行くべきものだと考えています。
刀の展示も、決してコレクションとして自慢をしたいわけではありません。日本で生まれたものですから、日本の坐漁荘に置いて、多くの方にその素晴らしさを再発見していただきたいのです。
刀に限らず日本の素晴らしい文化を、旅館を通して、国内外のお客様へお伝えしていきたいと思います。できれば、お客様には3泊くらい滞在いただき、その土地の文化をゆっくりと味わっていただきたいですね。
■小田女将:坐漁荘さんは現在30部屋ということで、お客様へ目が行き届きやすいという意味では、ちょうど良い規模ですね。少しうらやましくも思います。
■葉総裁:坐漁荘の始まりはわずか4部屋だったと聞いております。加賀屋さんも初めは4部屋だったと伺い、両館は大変似ていると思いました。共通点は女将さんが素晴らしいということです。
御縁をいただき、坐漁荘を運営しておりますが、リニューアルに際して本館に大きな手を入れなかったのは、前オーナーとともに旅館を築いて来られた、松本美代女将への敬意でもあります。
ヤマモモなどの敷地内の樹木も、極力残すようお願いしました。この土地で坐漁荘とともに育ってきた木にも、大きな意味があると思うのです。
改修工事は、多くの旅館建築を手掛けられる石井建築事務所へ依頼しましたが、条件として、なるべく地元の素材を使うこと、また地元の業者に工事に入っていただくことをお願いしました。
初めは我われを「転売目的ではないか」など疑い深く見る方もいたかもしれませんが、そうではないということを一つひとつ証明してきました。
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≪国際交流の場としての旅館、文化を残すためには≫
■葉総裁:私は日本の素晴らしい温泉文化を、世界の舞台に引き上げたいという希望を持っています。
旅館では、例えば茶会や演武、和服の展示会などを行うことで、文化の交流ができればと考えています。とくに日本の若い方、外国の方に来ていただき、互いに交流してもらいたいですね。
時に、中国大陸など、日本と政治的に緊張状態になることがありますが、文化を通じ、互いに理解が深まることを願っています。そして旅館が本当の意味での交流の場になればと思います。
先ほどから文化と言いますが、その文化を残すための唯一の道は、ビジネスとマッチすることだと考えます。そこが合致していないと、文化は残せないと思うのです。
刀を例に考えても、注文し買う人がいなければ、作刀家はこの世に刀を生み出すことも、後世に残すこともできません。
台湾には古くから、「仏様もお腹が満たされていないと、人々の願い事を叶えられない」という言葉がありますが、食べていかれなければ、文化を残すことは難しい。
■小田相談役:日本と台湾という、互いに海外で旅館を持つ者同士として、素晴らしい志を聞かせていただきました。文化論へと発展しましたが、私も文化を残すためには、ビジネスと結びつけることが重要だと思います。
話は少し変わりますが近年、金沢の兼六園を訪れる外国の方が増えています。私は先日、イスラエルの方をお見かけしました。聞けば、高山を観光してから来たとのこと。第二次大戦中、迫害を受けたユダヤ系避難民にビザを出して命を助けた、岐阜県出身の杉原千畝氏の故郷を見るためにやって来たといいます。
また台湾の方々は、日本統治時代にダムを作った八田與一氏を、“農業の父”として銅像まで建てて、大切に思ってくださっています。故郷に目を向け、歴史の大切さを再認識する思いです。
■葉総裁:私も今回、日勝生加賀屋さんを訪問させていただき、あらためて「台湾の文化とは何か」考えるきっかけとなりました。
■小田相談役:観光の語源は、「国の光を観る」という中国の言葉に由来しています。観光とは、その土地ならではの文化や宝を味わい、またその期待に応えることだと思います。
昔は、文化はお金にならないものと思われていました。ですが、今は文化がないと人が集まらない時代です。人やビジネスと上手に結びつけて、文化を大切に育てていくことが重要です。
加賀屋は「館内は美術館」というコンセプトを掲げています。地域の伝統工芸である、九谷焼や輪島塗、象嵌、金箔、加賀友禅などの作品を館内に展示し、お客様のご到着から夕食までの間に、スタッフがご説明をさせていただいております。
まだ計画段階ですが、今年9月ごろには「美術館に泊まろう」という企画もスタートする予定です。これからも文化というものをしっかりと見据えて、経営に生かしていきたいと考えています。
■葉総裁:ビジネスモデルは多様にあり、その土地に合ったものを選択することが大切です。我われも、日本では日本の文化を、台湾では台湾の文化を感じてもらえるような施設運営を心掛けています。
例えば東京でも台北でも、同じように均一なサービスを提供するホテルにいると、私は、今自分がどこにいるのか忘れてしまうような、どこか味気なさを感じるのです。
お客様が、世界中を渡り鳥のように飛び回っても、その地の文化を知り、味わうことができるような滞在の場を提供していきたいと思います。
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≪これからの旅館の展望、宿支える「人」を育てる≫
■小田相談役:台湾に加賀屋が店を開き、4年4カ月が過ぎました。最近では、日本の旅館の方が見学に来られることも増え、「加賀屋ができたのだから、私たちもそろそろ海外へ」というムードを感じます。
クールジャパンを掲げる政府も、中国をはじめ、旅館ビジネスは海外でも概ね成立するのではとの見方を強めているようです。今まさに旅館文化が世界に広がる時代を迎えようとしています。
■葉総裁:温泉旅館は代々、家業として引き継がれている場合が多いですが、一つの企業としてきちんとビジネスが成り立つかどうかも重要です。
私が思う、今後、温泉旅館が直面しうる心配事が3つあります。1つ目は、資本を持ち、ビジネスとして成立するかどうか。2つ目は、人件費の問題。そして3つ目は、女将さんが持つおもてなしの心を、今後、若い人が持てるかどうかです。
■小田相談役:例えばですが、「どこにいても、ハンバーグがご馳走」と思う世代の方に、旅館文化をどのように伝えていくかという問題もあります。
■葉総裁:そうですね。ただ「こっちの方がご馳走ですよ」と、無理やりに強要することはできません。時代の変化を受け入れることも大切だと思います。
先日、坐漁荘がテレビ局の取材を受けた際、リポーターの方に「畳の上にベッドがあるとは、少し変ですね」と言われ、私は「おかしくはないですよ」と答えました。
実際に、高齢の方など、布団で寝起きすることが難しい方が増えている現状があります。どう時代に沿った変化ができるか、現代の生活にマッチできるか、試行錯誤を重ねているところです。
■小田相談役:当館の場合、「加賀屋に来たのだから、畳の上に布団を敷いて寝たい」というお客様からのリクエストもあります。その経験もまた、一種のエンターテイメントになりうるのです。
旅館は突き詰めると、「飯・風呂・寝る・楽」から成ります。「楽」は楽しむという意味です。旅館ごとにスタイルは多々ありますが、お客様は何を楽しみに、何のためにいらっしゃるのかを捉えることが大事です。
■葉総裁:私は旅館業に携わり、日々学ぶことがたくさんありますが、その中で難しいと思うことの一つが、他との差別化です。
たしかに温泉、料理、おもてなしだけでは、極端に言えば、一見どこも同じになります。先ほどおっしゃった「楽」ではありませんが、我われは他との差別化を模索するなかで、例えば、アンチエイジングや美容、医学などを組み合わせて提供することを考えています。そのためには、ターゲットとなる客層をしっかりと決めることが必要です。すべての方を対象にすることは難しく、提供できることや目標を定めつつ、取り組んでいきたいと思っています。
また、人材の育成や人件費の問題も経営者としては悩ましく、とても大変な仕事に就いたと思っています。これらは、我われの永遠のテーマでもあります。
■小田相談役:今年3月の北陸新幹線の開業にあたり、加賀屋では、80人の新卒採用を行いました。旅館業は大変な仕事ですが、なぜ希望するのかと彼らに問うと、「日本一のサービスを学びたい」「英語や台湾語を学び、生かしていきたい」などという答えが返ってきました。
料理であれば、道場六三郎さんや久兵衛さんにお願いし、預けることもあります。「一人一芸」ではありませんが、例えば、茶道や華道、山野草に詳しいなど、各人が何か精通するものを持てると、それもまた、おもてなしへとつながります。
いずれにせよ、仕事を通して自分が高まり、たとえ他に移ったとしても、培った能力が発揮できる。そんな愛のある教育が必要だと思います。
葉総裁のお話を伺い、大変崇高なものを感じております。その意志をもはや願いと表現した方がよいかもしれませんが、実現されるのは、社員の皆様一人ひとりです。葉総裁の狙いをいかに理解し、現場で形にしていくか、実行していけるかどうかが、今後重要になるのではと思います。
■葉総裁:大変な道だとは思いますが、私はよく社員に対し、「夢を持って歩いていこう」と言います。
もはや食べるために宿をやっているのではなく、その自負は加賀屋さんも同じだと思います。働くことや、その自負も楽しみ、夢を持って進んでいきたいと思います。
もちろん、大変なこともあるでしょう。結果がどうなるかは私自身もわかりません。ですが、皆で努力をし、その先にある夢を叶えたいと思います。また、その過程が大切だとも思うのです。
■小田相談役:話は尽きませんが、そろそろ時間が来たようです。この度は貴重なお話を伺うことができ、大変勉強になりました。
■葉総裁:こちらこそ、次回はぜひ和倉温泉の加賀屋さんを見学させていただきたいと思います。
■小田女将:お待ちしております。私たちも坐漁荘さんにお伺いさせていただきたいと思います。本日はありがとうございました。