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旅館の夜のロビー ― 「文化では飯は食えない」は本当か

2015年6月11日
編集部

 旅館の居心地の良さは、どこで感じるだろうか。多くの人は、プライベート空間である客室と答えるかもしれない。

 だが、私は居心地の良さを感じるのは、夜遅い時間帯のロビーなのである。

 夜の9時、10時にもなると、ロビーは人気が少なくなり、灯りのトーンも落としているので、ゆったりとしたソファに座ると、何となく落ち着く。

 小さな図書館がある宿もあるが、大体の宿にはロビー周辺に本棚や、雑誌ラックなどがあり、そこにさまざまな出版物が置かれている。旅館は旅人と、地域を結び付ける「場」であり、ロビーは、まさにその中心地である。

 少し夜更けに、人影の少なくなったロビーで何気なく手に取るのは、このような小さな雑誌であり、小さな本である。

 まったく従業員の姿が見えず、一人ぼっちで照明のほとんどないソファに座ることもある。別に放ったらかしが嫌なわけではない。誰かの視線を感じるよりも、気が楽でくつろげることも多い。

 趣味のよいランプや間接照明で、疲れのない空間を演出している宿もある。ロビーに、どこか文化的な薫りが漂う宿ならば、どのような方がこの宿のオーナーなのだろうと感じてしまう。私は、ロビーの大切さに気づいている宿が好きである。

 宿泊客にはさまざまな人がいる。旅に疲れ、お酒を飲むと客室で早々と眠ってしまう旅人もいれば、親しい友だちと夜遅くまでおしゃべりが楽しい夜もあるだろう。また、一人で宿を訪れ、客室に戻ってテレビを付けるのも味気なく、なんとなくロビーに出てきて、ソファに身を凭せ掛ける旅人もいるはずだ。

 先日、「旅の眼」という雑誌が送られてきた。「旅の眼」は、本紙でも連載コラムを持つ旅行作家の野口冬人氏が発行人、竹村節子氏が編集人として発行されている。今号で121号となる。色々な雑誌があるが、私はこの雑誌が届くのを楽しみにしている。

 今号は、冒頭に、こちらも本紙で連載コラムを持つ松坂健氏の「わたしの日本旅館原論」が掲載されている。

 小さな本なので、すぐ読み終えた。そして、何気なく読んだ「編集後記」の竹村氏の文字に目が止まった。

 〈かつて120軒あった賛助会員数も、現在約60軒。会員の減少は資金の減少につながり、以前のように出版活動ができなくなった。第28回「年に一度の大集会」で配布した『わたしの温泉観光論』で資金が底をつき、途方に暮れていたところ、水明館の滝晴子大女将が50冊、買い上げてくださって、121号発刊の目処がついた。ありがたかった〉

 私は、何度もこの文を読み返した。

 「旅の眼」の賛助会員の約60軒の館名が本の最後にずらりと並ぶ。規模の大小はあるが、いずれも文化の薫り高き、名旅館ばかりだ。そこからは「宿文化とはなにか」を常に考え続けるオーナーたちの顔がいくつも浮かんでくる。「文化では飯が食えない」という言葉をよく聞く。本当かどうかわからない。だけど、寂しい言葉である。

 ロビーはにぎやかな昼間ではなく、夜更けの静かな時刻に、文化の匂いを夜の植物のように発散させ、何かを語りかけてくる。そのような宿に敬服してしまう。

(編集長・増田 剛)

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