【精神性の高い旅~巡礼・あなただけの心の旅〈道〉100選】-その34- 伊勢神宮別宮 風日祈宮(三重県伊勢市) 自分の心に向き合えるお宮 正宮以外にも探してみて
2024年2月4日(日) 配信
「なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」
これは、北面の武士であったが友人の死をきっかけに世の無常を知り、出家した西行法師が伊勢神宮を訪れたときに詠んだ歌である。日本人の精神性はまさにこれだ。一神教の世界しか知らない外国人は、この漠然として雑多でなんだかよくわからない宗教観が許せないという人も少なくないが、そうやって自分の価値観、自分の正義を他に押し付けるから世の中から争いが絶えない。
20年ごとに行われる式年遷宮。前回は2013年だったから、ちょうど今折り返し地点に立っている。式年遷宮は、天武天皇のご発意で持統天皇の御代(西暦690年)から戦国時代の130年間を除いて現代まで1300年以上の長きにわたり変わらず続けられている。
神様は常に新しい神殿でお迎えしなければならないという考え方を「常若(とこわか)」という。常に若々しくあることこそが、超長期間にわたって神宮がここ伊勢の地に御鎮座されている要諦だ。20年という間隔は見事だ。20年なら技術の継承が次世代へ無理なく行われる。
神宮の宮域は神域と宮域林に分けられている。神域の森林は神宮の尊厳を保つことを目的として自然の保護に努めるのに対し、宮域林では五十鈴川の水源の涵養、宮域の風致増進、そして将来の遷宮を見据えた御造営用材の育成を目的としている。御造営用材は200年というスパンで育成し、将来も枯渇しないように計画的に植樹されている。
前回の式年遷宮の翌々年、2015年に国連は「持続可能な開発目標(SDGs)」を採択した。2030年に向けて地球規模の課題を解決するために17の目標が設定された。我が国においても官民挙げてSDGsの取り組みがなされているが、どうも西洋的な合理主義が見え隠れし、違和感を感じざるを得ない。また世界遺産の認定も同様で、根本の前提から我が国古来の考え方とは相容れない。
この朽ちやすく容易に解体でき、その用材はまた全国の神社の造営に活用されていく。これ以上の持続可能性があるだろうか。伊勢神宮が世界遺産に登録されないことを日本人は世界にもっと誇るべきだ。
伊勢神宮には、正宮の他に別宮が14社、摂社が43社、末社が24社、所管社が42社あり、それぞれに由縁がある。ほとんどの参拝者は正宮のみを参拝して帰途に就くが、ぜひ正宮以外のお宮にも注目して、自分の心に向き合えるお宮を探してみてほしい。
ここ最近の私は、風の力を感じることが多く、風日祈宮(かざひのみのみや)を参拝した。ご祭神は伊弉諾尊の御子神で、風雨を司る神である級長津彦命(しなつひこのみこと)と級長戸辺命(しなとべのみこと)である。
内宮神楽殿授与所の向かい側の参道を進み、正宮の手前の風日祈宮橋を渡ると右手にご鎮座されている。風日祈宮橋の上からは、島路川の清らかな流れが心地よく、新緑や紅葉の季節も違った表情を楽しむことができる。
1281年の蒙古襲来に対してこの地で祈祷を行った結果、神風が吹き、我が国に押し寄せた蒙古軍は退却した。その霊験に応えるべく末社から別宮に昇格され、風日祈宮となった。
参詣道を歩くと、伊勢の街の家々は、正月だけでなく年中しめ縄が飾られているのに気付く。この独特のしめ縄もお土産にいい。「蘇民将来子孫家門」という文言は、須佐之男命が泊まれるところがなく困っていると、貧しくとも心豊かな蘇民将来が自分の家に泊め、手厚くもてなしたという故事に由る。
小さなものにも興味深いストーリーがあることにこれからもアンテナを張っていきたい。
■旅人・執筆 島川 崇
神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科教授。2019年「精神性の高い観光研究部会」創設メンバーの1人。