「観光人文学への遡航(45)」 ライドシェア導入に対する疑問③
2024年3月24日(日) 配信
十分な議論もなしにあっという間に決まってきたライドシェアに関して、観光関連産業としても無関心ではいられない。むしろ、これは公共交通、観光事業にとどまらず、日本の今後のあり方を左右する大きな分岐点であるにも関わらず、政府は単なるデジタル化の一環のような扱いでいつの間にか導入しようとしている。
私はライドシェア導入の政策決定過程に疑問を持ち、この問題を各方面にヒアリングをして掘り下げて来たが、そこまでして分かったことは、我が国では、公共交通の担い手としての矜持と覚悟を持ったタクシー会社がドライバーを正社員として雇用して、運行の結果は会社が責任を持つというかたちで発展してきたことで、世界で類を見ない安全安心なタクシー運行が実現できていたということだ。
世界ではタクシーのぼったくりや犯罪が後を絶たないが、これは多くの場合、個人営業を基本としていてタクシー会社があっても配車をしたり、車両を貸与したりしているのにとどまっているためである。だから海外ではタクシードライバーへの信頼度が低かったことで、ライドシェアの登場で一気に市場を席巻することができたのである。
2023年3月22日に行われた第211回国会、衆議院国土交通委員会にて、一谷勇一郎議員の質問に対する堀内丈太郎政府参考人の答弁によれば、日本のタクシーは、輸送回数が約5・5億回あったなかで、交通事故の死者数は16人、身体的暴行による死者数は0人、性的暴行の件数は19件である一方、米国のライドシェア(UBER)は、輸送回数が約6・5億回あったなかで、交通事故の死者数は42人、身体的暴行による死者数は11人、性的暴行の件数は998件にものぼる。
ここまでの差があるということが議会で公的に明らかになっているにも関わらず、メディアではほとんど報道されず、議論ではライドシェアの問題点として見逃されている。
ライドシェア業者は、乗客による評価システムがあるからこそ、犯罪を抑止することができ、ドライバーの質を担保できると言っているが、評価システムというのはあくまでも事後である。犯罪に遭ってしまった人が実際にこれだけいるということは、その犯罪被害者の視点がすっぽり抜けている。犯罪被害者を生んでからでは手遅れである。
これだけの犯罪がライドシェアで実際に起こっているということは、評価システムは「やり逃げ」を抑止できていないと言っていい。また、ドライバーが事故を起こした際、タクシーであれば会社として責任を負う。だからこそ、会社は自社の評判を下げないために全力で事前に社員教育をする。一方、ライドシェアではその責任はすべて個人に帰す。それが、犯罪が抑止できていないことの最大の要因なのではなかろうか。
神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏
1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。