「観光人文学への遡航(46)」 ライドシェア導入に対する疑問④
2024年4月5日(金) 配信
我が国ではこれまで、タクシー会社が強制力を持ってドライバーの管理を行うことで、安全安心を担保してきた。そして、会社が管理するということは、需要の比較的低い時間や地域へも安定して供給を誘導することができているということも強調しておかなければならない。稼ぎ時の深夜のシフトもあれば、あまり水揚げを期待できない早朝のシフトもあり、それをドライバー同士でバランスを取りながら融通してきた。
一方で、ライドシェアドライバーは、自分の好きな時間に働くわけだから、当然需要の高い場所と時間に集中していく。ライドシェア全盛になったら、深夜は盛り場周辺には多くのドライバーがスタンバイするだろうが、早朝はその分絶対に誰もいなくなる。タクシー不足をライドシェアが補うなんて鬼の首を取ったように改革者然とした人が発言しているが、ライドシェアは儲かるところにしか集まってこない。ドライバー不足を補うなんて絵に描いた餅である。
また、今冬も首都圏で大雪が降ったが、ライドシェアドライバーは、事故のリスクが高く、車内がびしょびしょになってしまうことから、大雪のときなどは絶対に営業には行かないだろう。誰も行かないと儲かるから行くようになるなんてライドシェア推進論者は言うが、それは雪道で車を運転しない人が言うセリフだ。大雪の日、台風の日などは、今よりももっと車はつかまらなくなると断言できる。
さらに、2000年の交通バリアフリー法を皮切りに、06年のハートビル法との統合によって、バリアフリー新法が制定された。そのうえで、16年には障害者差別解消法が施行され、公共交通機関のバリアフリー化は着々と実現されてきた。この政策決定過程のなかで、タクシーのバリアフリーの義務化はたびたび議論の俎上にあがっていたが、一律の義務化までは至っていなかった。ただ、トヨタが17年にタクシー用車両としてクラウンコンフォートに代わって発売を開始したJPN TAXI(ジャパンタクシー)は車いす対応の車両になっており、この車両が一気に普及することによって、障害者の方々の自宅から目的地までのシームレスなバリアフリーがようやく実現できる社会が見えてきたところだった。ようやくここまで辿り着いたのに、ここでライドシェアが普及してしまうと、シームレスなバリアフリー化は元の木阿弥になってしまう。
そして、もう1点、私がここで最も声を大にして言いたいことは、この議論は単にライドシェアがタクシーの穴を埋めるための枠組みを作るという代物では決してない。日本人が主体的に生きられるか、未来永劫搾取され続ける存在となってしまうのか、その分岐点に私たちは今立っているということである。来月はその点について言及する。
神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏
1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。