〈旅行新聞7月1日号コラム〉――「接客の現場」重視 優秀な人材が集まる評価制度を
2024年6月30日(日) 配信
神奈川県・箱根温泉の老舗旅館「一の湯」(小川尊也社長)は今年6月から、従業員が自分の接客次第で給料を上げることができる「接客評価手当制度」をスタートした。
宿泊客からアンケートで高評価を受けると、1評価に付き500円の手当が宿から支払われる。これは、一の湯が「接客の現場」をとても重視していることの表れだと感じた。
私の近所のファミリーレストランには、1人3役ほどの活躍でフロアを笑顔で回している女性がいる。接客の才能溢れる人材には、どの店だって「3倍ほど給料を支払ってでもずっといてほしいと思うはずだ」と食事をしながら想像していたが、実際は「他のスタッフと時給で数十円しか違わないのだろうな」と現実の世界に戻ると、非常に残念な気持ちになった。
スポーツ界のスター選手は億単位の収入を得ている。サービス業でも才能豊かな人材が、他業種から羨まれるほどの収入を得られると、優秀な人材は集まる。一の湯のような評価制度を多くの旅館やサービス業でも取り入れてほしいと思う。
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先日、静岡県・南伊豆町の「伊豆の味 おか田」を訪れた。岡田正司社長とは顔なじみだ。年初に行こうとしたが、一碧湖をゆっくりと観光していたら時間的に南伊豆まで行くことが難しく、Uターンしてしまったので、ようやく念願が叶った。
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看板商品の金目鯛の煮付けは、言うまでもなく美味だった。誰を誘っても大満足されることは間違いない。
それ以上に、目を見張ったのは、岡田社長自らが店の玄関に立って、全方面に目を配らせ采配を振るっていることだった。
料理ができるまでのわずかな時間に、お客と程よい距離感で軽妙な世間話をし、料理が運ばれてくると、さりげなく調理の説明や食べ方のアドバイスをしてくれる。
隣の席に高齢のお客が来店すると、座椅子を用意していた。店内のすべてを把握し、誰よりも機敏に動き、的確な指示をして笑顔で接客する。これほどまで現場を把握している経営者はいるだろうかと思った。
営業活動もあるため、東京に出張することもある。だが、岡田社長が店を留守にしても、従業員がしっかりと対応されると感じられた。自らが現場のプレーヤーとして目まぐるしく動きながら、同時に現場を任せられる人材を育成されていることも、高い評価を受け続ける理由だと感じた次第だ。
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「伊豆の味 おか田」で昼食を取った後、西伊豆の「堂ヶ島ニュー銀水」に宿泊した。館内の雰囲気もよく、ウェルカムドリンクに生ビールを提供するなど、新しいサービスを打ち出している。堂ヶ島の三四郎島をロビーの全面ガラスで眺めながら、午後3―5時までの間、心地よい気分でツマミと生ビールを飲み、夕食を待った。
ウェルカムドリンクを導入する旅館は増えてきた。昨夏はホテルサンバレー那須(栃木県)のラウンジで提供されている冷たい梅酒に感動したが、今年は堂ヶ島ニュー銀水の生ビールには大満足だった。
飲料の売上への影響も心配したが、現場でお客目線を大事にすることで満足度は上がり、根強いリピーターを獲得するのは間違いないだろう。人手不足が騒がれている間にも、観光業界は日々進化していることを感じる。
(編集長・増田 剛)