スキーバス転落事 ― 観光立国推進と国内旅行市場の現実
新年早々に、とても痛ましい事故が起きてしまった。長野県軽井沢町でスキーのツアーバスが転落し、15人が死亡する大惨事となった。大学生など多くの若い世代も犠牲となった。19日現在、国土交通省も調査究明に乗り出しているが、「なぜ、高速道路からカーブの多い狭い峠道にコースを変更したのか」など事故の詳細が明らかになっていない。
2012年に発生した関越自動車道でのバス事故以来、国も動き、安全対策が強化された。新運賃・料金制度は実態に即していないなどの不満の声も聞くが、遵守しなければ法令違反になる。一部報道によると、ツアーを企画した旅行会社と、運行バス会社が法令で決まっている額よりも破格の安値で契約していたとも報じられている。
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宿泊施設やバス会社を含め、旅行業界は価格競争との戦いである。同様のツアーであれば、100円でも安い方に消費者が流れていってしまう。このため、わずかな利益を確保するために内部で極限までコストを削り、やがて触れてはならぬ「安全へのコスト」の切り詰めにまで魔の手を伸ばしてしまう。表向きは他社のツアーと変わりなく見えるが、企業努力を極限まで行き尽くしたこの旅行業界でさらなる“激安”が可能になる魔法などはあるはずもなく、それが可能になるとしたなら、法令違反しかない。
今回の事故では、バス運行会社は(1)運行指示書を作成していない(2)乗務前・終業後の点呼を行っていない(3)運転手の2人は健康診断を受診していない(4)下限額を大幅に下回る運賃で契約――など、乗客の安全のために必要な義務を怠っている。同社は2日前にも「運転手の健康管理が不十分」として行政処分を受けたばかりという。一方、旅行会社も報道通り、バス会社に下限を下回る運賃の提案を行っていたとすれば、起こるべくして起こった事故という印象だ。
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観光立国を掲げるなか、昨今は好調なインバウンドが注目を浴びている。しかしその陰で、バス会社の現場などから、運転手の不足や、高齢化などへの危機感が「悲痛な叫び」として聞こえてくる。それら現場の声をかき消すように、首都圏や関西圏など都市部を中心とした“インバウンドバブル”の勢いは、大きな経済的な期待を担い、多くの人の視線を奪う。この流れの最たるものは、現在、宿泊業界にも大きな波紋を広げている「民泊」問題だ。安心・安全面を危惧する声よりも、シェアリング・エコノミーという言葉が闊達に行き交い、規制緩和の方向に進もうとしている。
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「本当に観光立国の方向に進んでいるのだろうか」と思う時がある。その象徴的な例が、この10年で日本人の国内旅行消費額が8・3兆円も減額していることだ。インバウンド市場以外は、むしろ退化しているような状況である。とりわけ国内旅行の血管の役割を担う貸切バスの問題は、「旅行者の安心・安全」を第一に、国内旅行市場の健全化に向けても、一刻の猶予もなく官民一体となって真剣に考えるべき深刻な課題である。
人命を預かる運輸機関にとって運転手の育成や、車両整備、健康診断など、最も大事な安全性確保には莫大なコストがかかる。この当たり前の事実を、再度広く認識してもらい、忘れられないための努力が今後、旅行業界全体の大きな「仕事」となる。
(編集長・増田 剛)