〈続〉下呂温泉・水明館の「カイゼン」 生まれた時間もてなしに 得意分野で生かす工夫も
2024年11月5日(火) 配信
本紙第1926号(2024年1月1日付)で、水明館(瀧康洋社長、岐阜県・下呂温泉)が推進する「カイゼン」をとり上げた。業務やプロセスの見直しによる経費削減効果に加え、「カイゼンにより生まれた時間を、もてなしに生かすことが重要」という瀧社長の言葉が印象深かった。同館が考える「カイゼン」と「もてなし」、さらには人手不足にどう向き合うか、改めて瀧社長に聞いた。
【鈴木 克範】
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□接客時間より多く
「生まれた時間をもてなしに」――この言葉を象徴する空間の1つが、フロント裏のハイカウンターだ。フロントスタッフが事務作業をする場所で、以前は一般的な事務机を置いていた。ただ、イスに座ることで、フロントに戻るタイミングがひと呼吸遅れるだけでなく、「どうしても座る時間が長くなる」。そこで、ハイカウンターとハイチェアの組み合わせに変更した=写真。
この「カイゼン」で、必要なとき、必要な時間だけバックヤードに出向くとともに、立ち上がりもスムーズに。スタッフのホームポジションはフロントという体制を整えた。併せて、裏側に置いていた昼食チケットや館内貸し出し品も、フロント内へ移動。宿泊客からの要望に、迅速に応えられるようにした。
「1歩1秒1円」でコスト換算する「カイゼン」視点では、フロントスタッフがバックヤードに向かう時間や回数を減らした。一方、「もてなし」面では、削減した時間を接客に充てることができる。「基本は前です」と話すスタッフの声が、一番の収穫かもしれない。
□取組は部署間連携へ
17年から始めた「カイゼン」は、今年8年目を迎えた。「部屋食開始時刻のクラウド共有化」など、部署ごとに毎年テーマを決め、取り組んでいる。削減効果を金額換算すると、総計3億2千万(24年9月時点)にも達した。岐阜協立大学大学院が社会人向けに開講する「トヨタ生産方式とカイゼンリーダー養成プログラム」を終了した35人が、レストランや客室、リネン、購買などの部署で活動している。
今後力を入れるのが「部署間の連携」という。フロント、レストラン間で取り組む、「食事予約がない宿泊客の問い合わせ対応のマニュアル化」はその一例だ。
これまでフロントでは、宿泊客から問い合わせがあるたび、電話でレストランへ空き状況を確認していた。問い合わせ1件当たりの平均時間は60秒。これを無くすため、レストラン側が「予約受付可能枠」を社内システムに入力。フロント側が持ち場を離れることなく、一目で確認できるようにした。
カイゼン前は60秒の問い合わせが1日平均4件。年間317日稼働で算出すると、7万6080秒(=円)の削減に成功した。この効果がフロント、レストラン双方にもたらされることが、部署間連携の特徴だ。
だが成果はそれだけではない。「お客様を待たせず、取り漏れをなくす」ことで、24年1―8月の対応数は759人(前年同期比168%)、売上は約480万円(前年比183%)まで伸ばした。
□人手不足に向き合う
インバウンド観光の復活と人手不足が重なるなか、宿泊施設では客室数を減らし、高付加価値化に舵を切る潮流が顕著だ。「単価を上げ、少ない人数で運営することは、宿の経営だけを見ると問題ないかも知れないが、地域経済は衰退に向かうのでは」と現状を危惧する。「訪れる人が減ると、食材やアメニティ、リネンの発注数量が減る」からだ。
人手不足対策は、採用強化や離職防止、AIやロボットの活用などさまざまあるが、5人で行っていた作業を4人で完結できるよう取り組む「カイゼン」もその1つだ。現場は「まだやれることが多いのでは」。
また、働きがいのある職場を考えるなら、「カイゼン」で生まれた時間を、「マルチタスク」という考えで消費せず、「接客や調理、清掃など、各自が一番得意な部分に注いでもらうことが大事だ」。その繰り返しが、社員の成長を促し、ひいては自発的に工夫を生むことにもつながり、品質向上になる。