「観光革命」地球規模の構造的変化(278) 無形文化遺産と観光
2025年1月3日(金) 配信
戦後80年の節目を迎えたが、今年は内憂外患を抱えて多難の年になると予測されており、気分の重たい新年だ。されど新春を寿ぎたいので、昨年末にユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産にめでたく登録された日本の「伝統的酒造り」を取り上げたい。
ユネスコは2003年総会で「無形文化遺産条約」を採択、06年から審査・登録に着手。これまでに登録された日本の無形文化遺産は23件。主な遺産は能楽、人形浄瑠璃文楽、歌舞伎、雅楽、アイヌ古式舞踊、結城紬、和食、和紙、山・鉾・屋台行事、来訪神(仮面・仮装の神々)、伝統建築工匠の技、風流踊など。
最新登録の伝統的酒造りは麹菌を用いて、蒸した米などの原料を発酵させる日本古来の伝統技術で、500年以上前にその原型が確立されたといわれている。ユネスコは日本の酒造りが「清らかな水と米や大麦などの穀物を保護することで、食料安全保障と環境の持続性に貢献する」と評価している。
日本の酒造りは長い歴史を通して、それぞれの地域の風土や農業、文化の特性を生かしながら維持・発展してきた。さらに伝統的酒は地域の冠婚葬祭などの行事に欠かせないものであり、地域共同体の結束にも貢献している。
ところが正に「2025年問題(超高齢化社会による深刻な働き手不足など)」に象徴される杜氏や蔵人の高齢化や後継者不足などの問題を抱えている。北海道・上川町の上川大雪酒造は帯広畜産大学との産学連携によって大学構内に酒蔵を設け、若者が酒造りを学び、関心を高める事業を展開している。
若者を中心に「日本酒離れ」が進んでいるが、一方で海外では日本酒人気が高まっている。また「酒蔵ツーリズム」が好評を博すると共に、「酒蔵レストラン」が話題になり、家族で飲食を楽しむ機会が増えている。
日本の魅力的な無形文化遺産は各地で貴重な地域遺産・地域資源として観光振興の面で大いに貢献している。知事の会や観光業界は協働して日本が世界に誇りうる多様な温泉文化の無形文化遺産登録を目指している。
一方で杜氏や蔵人の高齢化や後継者不足に象徴されるように無形文化遺産の健全な維持・発展は容易ではない。観光業界をはじめ、各地における民産官学の協働による効果的な支援が求められている。
北海道博物館長 石森 秀三 氏
1945年生まれ。北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授、北海道博物館長、北洋銀行地域産業支援部顧問。観光文明学、文化人類学専攻。政府の観光立国懇談会委員、アイヌ政策推進会議委員などを歴任。編著書に『観光の二〇世紀』『エコツーリズムを学ぶ人のために』『観光創造学へのチャレンジ』など。