夏の北海道 ― 孤独な“ストレスフリー”の1人旅
小樽を訪れた。このところ、日本中どこに行っても夏は暑すぎるので、とうとう国内の最後の砦である北海道を選んでしまった。
さすがの小樽も昼間は暑かったが、呑みに出歩いた夜道は海風が坂を抜けていき、涼しげな運河の灯りと相俟って、「北海道に来てよかった」と感じた。
海外旅行も楽しいが、国内にも海外に負けない魅力的な土地がたくさんある。小樽もその1つだ。まず、海の幸も少し高いのが気になるが、ちゃんと探せばまずまずの料金で新鮮なウニやイクラやホタテが食べられる。スイーツも美味しいし、地ビールもいける。
この規模の街で、いずれ再訪したくなる街を探している。
その小樽で、運河に近いホテルに宿泊したのだが、チェックインのときに、60代の男が1人でオートバイに乗ってきた。トライアンフボンネビルT100だった。受付担当のスタッフは、そのソロツーリングで宿を訪れた男を丁重に扱い、ボンネビルT100を玄関脇のスペースに駐車させた。
¶
北海道旅行の醍醐味は、もちろん美味しい食や、涼しい夏など数え上げるときりがないが、広大な土地と、人口密度の低さによる交通量の圧倒的な少なさも大きな魅力である。ストレスフリーである。北海道を横断するなかで、「自分が大地を独占している」と錯覚するほど、クルマが一切走っていない直線道路が多く存在した。オートバイでのツーリングには、最適な地なのだろうなと感じた。
能取湖の畔では、愛知県や岡山県のナンバーを付けた孤独な旅人の姿を見かけた。私はまだ、長いソロツーリングの経験はない。だからこそ、大きな荷物を積んだオートバイで、孤独な旅を続ける旅人たちの気持ちを知りたいと思った。そして、小樽のホテルにボンネビルT100で乗り付けた60代の男の旅のことも考えた。
¶
小樽のホテルは、男の乗って来たオートバイを玄関脇に置いたために、私は何度も眺めることができた。そして、いつか、この男のように、北の街をオートバイに乗って、1人でホテルの玄関でエンジンを止める自分の姿を想像した。
サロマ湖近くの道の駅では、50代の男女がライダースーツでランチを食べていた。夫婦だろうが、楽しそうな旅に見えた。無言の父と息子の2人旅とも出会った。親子はタンクの上に地図を広げ、静かに目的地を探していた。
¶
瀬戸川礼子氏の『おもてなしの原点 女将さんのこころ―その2』(旅行新聞新社)に紹介されている長野県・中棚温泉「中棚荘」の富岡洋子女将は、「同年代の女性のお客さまにライダーがいらして、生き生きした姿に触発されました」と、お客の影響で50歳を過ぎてから大型二輪の免許を取得し、カワサキW650に乗っている。今は全国のライダーたちから愛される宿として名を馳せる。ビール片手に自分たちが乗ってきた愛車や同宿する別の旅人のオートバイを眺めることができるように、広いガレージを備えている宿も各地にある。昔で言えば、旅人が命の次に大切にする愛馬を休ませる場所でもある。
小樽に遠方から辿り着いたボンネビルT100の男。この男に対するホテルスタッフが見せた対応の丁重さに、旅人への敬意を感じ、すがすがしい気分になった。
(編集長・増田 剛)