外国人に人気の観光地 ― 経済的な利益と、俗化への危惧
ゴールデンウイークに、大分県の由布院温泉を訪れた。雄大な由布岳を眺め、温泉街のお洒落なお店をのんびり散策することを楽しみに出掛けた。
あいにく雨と風が強く、散策を十分に楽しむことができずに残念だったが、たまたま入ったお蕎麦屋さんには大変満足できた。由布院のお蕎麦屋さんは、とても美味しいところが多い。
温泉も人気の庭園風呂に入って、ゆったりとした時間を過ごすことができた。けれど、この長閑な雰囲気の温泉でたった一つ気になったのは、中国人の男の子が手に持ったタオルをピシャッ、ピシャッと湯船に叩きつけていたことだ。
当然近くにいた日本人のおじさんが「湯船にタオルを浸けてはいけないよ」と注意をするのだが、男の子はまったく理解していないようすだった。そのうちに、体を洗っていた父親が男の子の横に来た。父親は少年を注意するかと思いきや、石鹸で自分の体をゴシゴシ洗っていたタオルを巻きつけたまま湯船に浸かってしまった。
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京都の伏見稲荷大社を訪れる機会を得た。朱色の鳥居が並ぶ境内は、いわゆる“インスタ映え”するためか、日本人よりも外国人観光客の方が多かった。出店も多く、お好み焼きや、みたらし団子なども世界各地から訪れた旅行者は楽しそうに食べていた。だが、そこでも驚くべき光景を目撃した。
中南米系の少年が、拝殿の鈴緒を力の限り振り回し、鈴を鳴らし続けていた。外国の少年にとってはまったく関係がないにしても、日本人にとっては神様である。パリのノートルダム大聖堂では、アジア系の女性が少し大きな声で話しただけで、警備員に厳しく注意されていたのを思い出した。
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日本の旅番組には、温泉は付きものである。そして、多くの場合、タレントがバスタオルを巻いて撮影される。これら番組は海外でも広く放送されているため、映像を見た外国人観光客は、当たり前のようにバスタオルを体に巻いて温泉に入る。
「『バスタオルは湯船の中に巻いて入れません』といくら説明しても、信じてもらえないのです」という、京都の老舗旅館の女将さんの話が、妙にリアルに感じられた。
由布院温泉で見た中国人の男の子もそうだが、単に「温泉にタオルを浸けてはいけない」という日本のルールを知らないだけなのだ。温泉施設も壁に「入浴時の注意点」などを掲示しているのかもしれないが、十分に伝わっていないというのが現状である。
客が教えるというのも一つの方法だが、日本人の客にしても外国人に入浴マナーを教えるために、はるばる高いお金を払って温泉旅館に来ているわけではない。来る客、来る客に注意していては、自分がゆっくりと温泉に浸かることができないし、客同士のトラブルに発展する不幸なケースだって考えられる。
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入浴マナーを教えるのは、旅館側の責任だと思う。従来から温泉を愛していた日本人の客を失うことを危惧する。私自身、入浴マナーの悪い温泉にわざわざ行こうとは思わない。
外国人旅行者が増えることで経済的な利益は大きい。しかし、日本人が古くから大切にしてきた文化を、外国人に理解してもらう努力を惜しんでは、俗化してしまい、やがて荒廃してしまう。それはとても悲しいことだ。
(編集長・増田 剛)