旅も、家具選びも ― “夢を売る店”で客は現実と格闘する
先日、大規模な家具店に出掛けた。広々とした店内の空間に、見本として並べられているソファにも座ってみた。背もたれの高い高級ソファに座ると、包み込まれるように心地よく、昭和チックな卓袱台暮らしの身には少々贅沢な気分がした。
最近、子供たちが相次いで家を出て行った。だから、少し部屋が広く感じる。自分の時間も少しだけ見つけられるようになった。だから、中古のオートバイを買った。休みの日には気ままに、オートバイに乗って好きな場所に行き、よく冷えた炭酸飲料を飲んで帰る。これが一番楽しい。
部屋の雰囲気も変わってきた。これまで子供たちの教科書や、何だかよくわからない部活の道具などが置いてあった場所に、小洒落た箪笥などが陣取り始めた。
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家具店で、私がソファに座っていると、子供連れの夫婦がソファを探しに来た。
夫婦はどのソファを買うかで意見が対立し、静かに口論を始めた。どうやら予算と、部屋のスペースが主な原因のようだった。夫婦の隣で小さな子供たちがソファの上に寝転がったり、虚しく飛び跳ねたりしていた。高級ソファに座る私の頭上で夫婦が喧嘩を始めたので、なんだか居心地が悪くなり、早々に移動した。
すると、家具店内の別の場所で、今度は別の夫婦が険悪なムードになっていた。「これじゃ、予算の10万円をオーバーしちゃうよ」と夫が返事のない妻に2度繰り返すと、妻がおもむろに振り返り、ついに始まってしまった。
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家具店は「夢を売る店」というイメージをずっと持っていた。しかし、現実の家具店は、それほど「甘いだけの世界ではなかった」ということだ。店は夢を売るが、客は夢と現実の間で格闘する場であった。
1人暮らしならば、家具選びで誰かと口論をすることはない。自分がどこかで折り合いをつければ済むが、夫婦や家族で大きなソファや家具を選ぶとなると、それぞれが思い描く「理想の部屋」が一致しないから、行く末はバトルになってしまう。
私はたまたま家具店に行って、数分の間に2組の夫婦喧嘩を目の当たりにしてしまったが、家具店で毎日働いているスタッフにとっては、日常茶飯事なのかもしれない。家具選びのために笑顔で来店した客が、店内の商品を眺めるうちに険悪な関係になっていくのを日々見ていると、きっと辛いだろうなと思った。そして、ふと、もしかしたら旅行会社のカウンターでもこのような光景があるのではないかと思った。いや、むしろ旅先で起こってしまうのかもしれない。実際、私も家族で旅行をする際、しばしば喧嘩になってしまうことがある。けれど、旅先で喧嘩するのは最悪なので、必死になって修復するタイミングをはかるのだが。
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ソファを買う気満々で家具店を訪れ、夫婦喧嘩になったあの2組の夫婦は、ソファを買ったのだろうか。
買う前は険悪なムードになっていたが、実際に部屋にソファが届くと、家族は笑顔になり、会話も弾むだろう。旅行も同じだ。たとえ旅先で喧嘩になったとしても、相手を思う気持ちがあれば、いつまでも思い出として胸に残る。夢と現実が交差する旅も、家具選びも、大きな力を持った商品なのだと、改めて思った。
(編集長・増田 剛)