【八幡屋・渡邉 武嗣社長に聞く】日々の〝信頼関係〟大事に、「また来たい」宿を目指す
福島県・母畑温泉の八幡屋(渡邉武嗣社長)は昨年9月に事業継承を行い、新体制となった。「自分たちが宿を守る」と、チームで経営している意識が強い企業風土はいかにして生まれたのか。現在進めている投資計画では、町全体を巻き込みながら、時代に合った湯治スタイルも追求している。「心とけあう、くつろぎの宿」をテーマに、里山の自然を生かした滞在型の宿づくりや、人材育成など、渡邉社長に幅広く話を聞いた。
【増田 剛、鈴木 克範】
今年は、創業から138年目になります。宿屋としてはもっと以前から営んでいたと思うのですが、初代が湯治旅館として営業を始めた1880(明治13)年を起点として数えています。
私は八幡屋の創業100年目に生まれ、昨年(2016年)9月に代表取締役社長に就任しました。先代は代表取締役会長となり、共同代表という体制です。運営面に関しては、全般的に任されています。
湯治宿から観光旅館へ
母畑温泉で湯治宿をずっとやってきて、現会長が社長だった1983(昭和58)年に、観光旅館へと大きく舵を切りました。これが第1期の投資となります。90(平成2)年に第2期、95(平成7)年に第3期と、トータルで100億円ほど投資しています。
宿が現在のかたちになったのは95年の第3期の投資からです。その後も、01年に岩盤浴を造り、13年にコンベンションホールの改装を行いました。
今回の代替わりに合わせて、今年6月には最上階の10部屋を、和・洋室にリニューアルしたほか、全室に大型テレビを導入し、Wi―Fiにも対応できるように整備しました。さらに洋室17部屋を改装し、個別空調化も進めています。
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観光旅館へと移行した83年当時の年商は2億円ほどでしたが、10億円の設備投資をしました。
そのときに、スタッフが主体的に営業に回り、一方でお越しいただいたお客様を丁寧にもてなすという、八幡屋の企業風土が生まれ、現在まで受け継がれています。
「自分たちが旅館を守る」という〝チームで経営している意識〟が強いことが特徴です。
当時は、大手旅行会社もあまり相手にしてくれず、こんな田舎に大規模な旅館を建てたので、日ごろからお付き合いのあるバス会社や案内所、小さな旅行会社さんが地元のお客様を送客してくれました。
また、東日本大震災後には8月まで、被災者や復興支援者を受け入れていましたが、中小旅行会社さんとのつながりが強かったので、「大変だね」と、バスで復興支援のお客様を送客してくれました。目頭が熱くなるようなストーリーもありました。
お客様に喜んでもらうということは、旅館として当たり前ですが、「こんなに多くのお客様を送客していただき、支えてくれているのは誰のおかげか」ということを常に考え、旅行会社、バス会社さんとのお付き合いもお客様と同じように大切にして接してきました。
そして、これらの積み重ねによる〝信頼関係〟を、大事にしてきました。
15歳で単身渡米へ、里山情緒を再認識
私は中学を卒業後、15歳の時に単身で米国に渡り、25歳で帰国しました。その後、いくつかの企業で経験を重ね、八幡屋には2012年に戻ってきました。
緑の多い田舎に育った私が米国・ラスベガスに留学して、砂漠の中の〝テーマパーク〟のような世界から、日本に戻って来たときに、「日本の里山情緒と、自然を生かした質の高い楽しみや、体験を提供していけばいいのではないか」という考えに至りました。これは、若い時期に海外を見てきたことが大きかったと思っています。
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当館の年間宿泊客は約12万人で、このうち半分の6万人が県外のお客様です。今は、当館に宿泊したあと、いわき市に行って魚を買ったり、会津で歴史的な遺産を見て帰られたりするのがほとんどで、地元で過ごされることはあまり多くありません。
地元・石川町は湯治場だった歴史もあり、いずれは長期滞在型で、ゆっくりと2―3日滞在していただけるように、地域のものづくりや、農作業などの体験もできるようにつなげていければいいなと思っています。
とくに近年、滞在中は旅館内で完結するだけでなく、複合的に楽しんでいただく時代になってきたのを感じます。アンケートなどで宿泊客の声を聞いていると、自然環境や地域の歴史にも興味を持たれていることが分かりました。
このため、お客様から要望があれば、まずは私が朝6時から、宿の周辺5―6㌔を約1時間30分お客様と一緒にウォーキングしながら、地域や八幡屋の歴史なども話しています。多い日には20人が参加することもあります。いずれ社員を巻き込み、最終的には町全体の運動にしていきたいと思っています。
B級グルメや、ゆるキャラ、イベントなど一過性の取り組みは色々な地域でやられていますが、それだと、いずれ息切れしてしまいます。
根本的に町全体の質を上げるには、植栽など身近なところからできる運動も、時間はかかりますが、一つのやり方だと思います。庭先や店の前に花を植えるだけで、訪れた人に地域のまとまりを感じていただける。駅を訪れた旅行者に積極的に声を掛けたりする空気感を、町全体で作り出していくことも大切だと思っています。
社員教育の現場、大事なのは「今」
社員教育で一番大事なことは「今」です。「昔はこうだった」と説明しても、「今はこうじゃないですか」という話になります。生え抜きのスタッフを取締役に就任させるなど、次代の経営層に育て上げる若手の幹部らと話し合いながら、現場の意見をくみ上げ、経営判断で改善していくスタイルを取っていきたいと考えています。
私の社長就任は当館が企業として、実質初めて世代交代を迎えたことになります。〝第3の創業〟と謳い、「残すべきもの、変えるべきもの」を明確にして、良い企業風土、企業文化は残しつつ、商品づくりなどは時代によって変えていこうと考えています。
八幡屋のモットーである「社員第一主義」「お客様第一主義」は、社員が体現してくれていたことを言葉にしただけのことです。
都会の外資系ホテルのような洗練されたサービスなどはできないかもしれませんが、お客様にはとにかく明るく元気に、そして素直さと謙虚さを持って接し、社員同士でも優しさや気遣いを大事にしようと取り組んでいます。
テクニカル、スキルの部分については、サービス接客のコンサルタントも入れて、最低限の作法の勉強もしています。最終的には、おもてなしの心の〝精神性〟の部分が一番大事だと思っています。
具体的には、お客様が寒そうにしていればブランケットを持って行ったり、飲み物が空になっていれば注ぎ足したり、また、お客様とどのくらい会話ができるかなど、当たり前のことをどれだけ当たり前にできるかが、おもてなしにつながるのだと思っています。
団体旅行が主軸、個人客の対応も
現在の145室という大型旅館の規模では、団体のお客様はありがたい存在です。今後も、基本的な営業スタンスとしては団体を受け入れるという主軸の部分は変わりません。
一方で、個人のお客様が来られたときに、どれだけ満足していただけるかというところは、まだまだもの足りない部分があります。そこのニーズを拾い集めて、ベッドの部屋や、個人客に対応したワンランク上の食事処も、増築する必要があります。
家族貸切風呂も、外湯を含め新たに4棟造る計画です。外国人旅行者や介助が必要なお客様、小さな子供がいる家族連れなど、あらゆる客層の需要にも対応していこうと考えています。
さらに、「里山や田舎の情緒をより開放的に味わってほしい」との想いから、山の斜面の上の方に新たに大きなお風呂を造り、四季の鳥のさえずりや、植栽した花なども楽しめるようにしたいと考えています。日帰り入浴のお客様にも対応できればと思っています。
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原点が湯治宿だったので、お客様には2―3泊滞在して、心も体もリフレッシュしていただけるような環境整備も必要です。ゆったり安らげるリゾート的な要素も取り入れながら、今の時代に合った湯治のスタイルが見つからないかと模索しているところです。「心とけあう、くつろぎの宿」が当館のテーマであり、いつの時代も、社員も、お客様も心がとけあえる宿が理想です。とがった宿ではなく、「なんか良かったね、また来ようね」と思ってもらえる宿を目指していきます。