温泉旅館で過ごす最適の季節 「フルーツの宿」の出現を待ち望む
2017年10月21日(土) 配信
旅をするには、いい季節になった。とりわけ、日本の温泉旅館でゆったりと過ごすには最適の季節だ。旅先で美味しいものが食べられる楽しみもある。
先日、東北の山間の温泉旅館に泊まった。街を抜け、山に入ると、色づき始めた紅葉が太陽の淡い光を遮る。大きく深呼吸をすると、少し冷たい秋の匂いを含んだ空気が肺の中に流れ込んだ。都市生活者にとっては、日常生活からの解放感を味わえる瞬間だ。湿った落ち葉を踏むと、微かな靴底の音が静かな空間をより一層際立たせる。鳥の声を聞きながら、微かな白い湯気が立ち昇る温泉に浸かると、全身が温かく包まれる。入浴後、よく冷えたビールを飲み、美味しい地元の魚介や山菜料理、採れ立てのフルーツなどをいただき、ふんわりとした清潔な布団に大の字に寝転がると、そのまま深い眠りの世界に入っていった。これらを一度に体験できる温泉旅館が日本各地に存在していることに、感謝したくなる季節でもある。
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取材で訪れ、「もう一度泊まりたい」と思う宿がある。それら宿に共通する点が1つある。それは、滞在中、テレビを一度もつけない宿である。
繁華街のビジネスホテルに宿泊するときには、反射的にリモコンを手に取り、ほぼ100%テレビをつける。いつもと変わりないバラエティー番組が画面に映し出され、テレビから大きな笑い声が響いてくる。チャンネルを変えても似たような番組が続く。シャワーを浴び、テレビの前で缶チューハイのフタを開け、いつの間にか自分の笑い声がシングルルームに響いている。心地よいが、他のホテルでも同じことはできる。
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リゾートホテルでも経験上だが、ビジネスホテルに比べてテレビをつけることが少ないような気がする。滞在中、なんとなくテレビをつけないで過ごしてしまう宿には、目に映る景色、聞こえる音、森林や潮の香り、快適な室温、温泉、美味しい料理などが、五感にバランスよく心地よさを与えてくれているのだろう。人が作る料理も周囲の環境とマッチしたものでなければ調和は崩れてしまう。
海外のリゾートホテルなどでは、客室にフルーツの盛り合わせを持ってきてくれるところがある。窓の外の青い海を眺めながら、食べきれないくらいのフルーツを摘みながら、くつろぎの時間を過ごすのは贅沢な気分になれる。タグ付きのカニやエビ、A5ランクのブランド牛を提供する宿は全国に数多ある。しかし、親しみやすい価格で食べきれないほどの地元のフルーツを提供してくれる宿を見つけるのは難しい。
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秋は、果物狩りの季節でもある。ブドウや梨などを観光農園で楽しむ旅行者も多いだろう。だが、果物は短時間にそれほど多く食べられるものではない。でも手近にあればいつでも食べられる。宿に到着して疲れた体を潤す桃やブドウ、梨などの果実があればうれしい。湯上りの喉の渇きを満たし、ワインなどのお酒にも合う。夜中に目が覚めてしまったときに手を伸ばし、甘いブドウを口に含むと再び心地よい眠りに入れる。目覚めにはグレープフルーツなどが爽やかな気分にさせる。客室や、ラウンジなどで好きなときに味わえる空間があれば旅人は虜になるはずである。この秋にも果物が存分に食べられる「フルーツホテル」が現れないかな。
(編集長・増田 剛)