「女将のこえ204」小野 雅世さん、京の宿 綿善旅館(京都府京都市)
2017年11月25日(土) 配信
□京都と旅館の場の恵み
京都の台所・錦小路まで数分。街の中心部で、天保元年から代々旅館を営んできた。場所も歴史も申し分ない綿善だが、家娘の雅世さんは長いこと、京都も旅館も嫌だったという。嫁として苦労する母を見てきたことや、小学生のときには面と向かってスタッフから、「なぁ、まったくボーナスもらえへんかった。お父さんに言っといて」と言われたこともある。胸が苦しくなる話だ。
就職は自館ではなく金融機関へ。大阪で総合職に就き、法人営業を担当した。「立場に見合うくらい稼ごうと思いましたし、仕事が楽しくなるまで辞めない、とも決めました」。3年半で両方クリアし、結婚を機に専業主婦を試みた。「『仕事を持たない』という感覚を体験してみようと。でも、まだ子供がいなかったので暇で暇で」。
数カ月後、絶妙のタイミングで「バイトせえへんか」と、声をかけてくれたのが父だった。「このときばかりは、嫌いより働きたい方が勝りました」。やがて、大阪から京都に引っ越し、本腰を入れて働くようになる。
「今もですが、改革の連続です。言った・言ってないの水掛け論を防ぐため、朝礼の議事録を専用エレベーターにぶら下げてチェックを義務付けたり、意味のあるマニュアルに一新したり、観光庁のモデル旅館として情報伝達のIT化にも取り組みました」。
アフロヘアやきのこなど、被り物を多数用意している雅世さん。修学旅行生などTPOによっては、これを被って登場する。心に残る楽しい思い出になるだろう。
3歳の娘の子育てと仕事の両立にも心を砕く。来春は二児の母に。前例になるべく、産休も育休も取りたいが、現実的に可能かどうか。休めたとしても、世の中はどんどん変わっていき待ってはくれない、そんな焦りも素直に語ってくれた。同感する人も多いのではなかろうか。
雅世さんの望みは、「働く人の幸せ」だ。もちろん自分も、そして子供たちも。小さな雅世さんがスタッフに言われたようなことを、子供に対しては決して言わせたくない。それもあり、「年収1千万円計画」を掲げる。
「金融機関の同世代の人はそのくらいもらっている人もいるそうです。旅館で働く私たちも生産性を上げて、そのくらい目指したい。また、綿善から宿泊業から京都から、日本を元気に。縁のある方々がハッピーになればいいなと、心から思っています。そうした場をつくれる京都や旅館の場の恵みに、少しずつ感謝できるようになりましたね」。
(ジャーナリスト 瀬戸川 礼子)
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住所: 京都府京都市中京区柳馬場通六角下る井筒屋町413▽電話:075-223-0111▽客室数:27室(123人収容)、一人利用可▽創業:1830(天保元)年▽料金:1泊2食付き1万7820円~▽素泊まりから長期滞在まで幅広く対応している。大浴場と56畳の大広間もあり。今年、道を挟んだ斜め向かいに、ゲストハウス「Kyoto Hostel ZEN」(3500円~)をオープンした。
コラムニスト紹介
ジャーナリスト 瀬戸川 礼子 氏
ジャーナリスト・中小企業診断士。多様な業種の取材を通じ、「幸せのコツ」は同じと確信。働きがい、リーダーシップ、感動経営を軸に取材、講演、コンサルを行なう。著書『女将さんのこころ』、『いい会社のよきリーダーが大切にしている7つのこと」等。