「女将のこえ205」葛西 恵子さん、ホテルアップルランド(青森県南田温泉)
2017年12月16日(土) 配信
□アップルランドの女将
ホテルアップルランドは、現在も経営する甚八りんごの卸売業から始まった。冬は極寒の地。創業者の義父が社員のために温泉を掘り、1972年にヘルスセンター「アップルランド」を、84年にコンベンションホールを有する現ホテルへと進化させたのだ。
創業精神の象徴であるりんごは、大浴場、露天風呂、足湯に、年を通して大量に浮かべられており、すべての客室の冷蔵庫には甚平りんごが丸ごと入っている。りんご問屋ならではのサービスだ。
さて、ヘルスセンターの開業当時は、地元にとって初の温泉施設とあって、農家を中心に大勢の人がやって来た。だが、次第に競合が増え、経理担当だった葛西さんは頭を抱えた。「晴れると農作業が忙しいのでお客さまは来られません。天気に左右されるのも悩みの種でした」。
そんなとき、移動中に結婚式に出くわした。「こんなに晴れていても、結婚式なら人は集まるんだ」。葛西さんは早速、アップルランドで結婚式を企画する。この地域で初めて会費制を取り入れ、最盛期には400人の参列があったという。
会議を兼ねた団体客も増え始め、96年に客室を増設する。
「ところが、その頃から個人のお客さまが増え、人手が足りないことからクレームも増えてしまいます。辛い時期でした。例えば、お客さまはお茶を飲みたいだけなのに、人が足りないから待たされて、不満が募っていく。喜ばれるどころか、謝ってばかりの毎日でした」。義母は売店で働いていたため、女将は葛西さんが一代目。見習う人はいなかった。
ある日とうとう、「もう、女将やめようかな」と、ポツリつぶやいた。すると、そばにいた仲居頭たちが言ってくれたという。「女将さん、やめることないよ。みんなで力を合わせてやっていきましょうよ」。
「あの言葉に救われました。やっぱり、社員からの言葉が一番うれしいですね」。
具体策も考えた。「お席と、お刺身とお鍋を予めご用意しておくハーフバイキングを導入したんです」。これで人的なクレームはぴたりとなくなった。
最近のヒットは社員考案のハイタッチ大作戦だ。子供向けで、スタッフとハイタッチする度にサインが増え、16個溜まるとプレゼントがもらえる。笑顔が生まれる企画だ。
毎朝、朝食会場には葛西さんの姿がある。「これも社員の考えです。ここではすべてのお客さまに出会えます。何気ない会話がうれしくて、『女将をやっていて良かったなあ』と実感しているんです」。
(ジャーナリスト 瀬戸川 礼子)
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住所:青森県平川市町居南田166-3▽電話 0172-44-3711▽客室数:67室(357人収容)、一人利用可▽温泉:南田温泉(弱アルカリ泉)▽創業:1972(昭和47)年▽料金: 1泊2食付1万800円~▽日帰り用の浴場もあり。足湯りんご風呂は無料開放。フロントや客室など館内の花は葛西さんが生けている。韓国、台湾など外国人客も増えている。