神奈川県・箱根強羅温泉「円かの杜(まどかのもり)」 進化続ける宿
2018年1月11日(木) 配信
□「本のある風景」に出会う ブックディレクター・幅允孝氏が演出
花扇グループ(飯山和男社長)が2014年12月に神奈川県・箱根強羅温泉に開業した「円かの杜」の館内を歩くと、さまざまなエリアで「本のある風景」に出会う。飛騨の高級木材などに囲まれた温もりのある空間で、上質な落ち着きを提供する円かの杜に、新たな魅力が加わった。ラウンジや蔵バーなど館内各所に置かれた本棚には、ブックディレクター・幅允孝(はば・よしたか)氏がセレクトした本が並ぶ。ハイセンスな写真集や限定本、絶版本など、希少価値のある本もそろえ、魅惑の世界が広がる。
開業から間もない15年4月、円かの杜は雑誌との企画で、本のある特別室「ディスカバージャパンルーム」を設置した。このときに、ブックディレクションの第一人者・幅允孝氏との縁が生まれた。
松坂美智子女将が幅氏と話し合いながら、全館に本をセットしていった。「朝、鳥のさえずりで目覚めたお客様の知的好奇心を満たせるように」と、鳥の図鑑も置いている。建築や家具の好きな宿泊客には、北欧デンマークの建築家、家具デザイナーのフィン・ユールの本も楽しめる。
本棚めぐりも小さな館内の旅だ。
「箱根を存分に味わうための本棚」「心と体を落ち着ける本棚」「日本の食文化を知るための本棚」「男の本棚」――の4つのテーマで回遊できる。
例えば、大浴場近くのリラクゼーションルームには「心身ともに癒されるような本を」と、波だけが被写体の写真集が置かれている。心の中まで波に洗われるような気分になる。
ラウンジには箱根にちなんだ本が並ぶ。滞在中の宿泊客がソファに座ってくつろぎながら本を開いている風景が見られる。
食事処の入り口には、篠山紀信氏の「食材」を接写した限定本など、食にまつわる本も置いている。蔵バー「こだま」には、絶版となった少年マガジンや、退廃の香りがする男性好み本も陳列し、秘めた楽しみを演出する。
ラウンジに接する喫煙ルームには、フランスの写真集「ノースモーキング」が渋い存在感を示す。エスプリが効いている。
「深く読み込む種類の書籍ではなく、手にとってくつろいでパラパラとページをめくれるような本をセレクトしています。ユーモアのエッセンスも取り入れています」(松坂女将)。本のタイトルやジャンルも多彩だ。
□各部屋に本のメニュー フロントで貸し出しも
フロントで本の貸し出しも行っている。客室で本のメニューを見て気に入った本があれば、滞在中に楽しみが広がる。「猫と女とモンパルナス」(藤田嗣治)や「女の一生」(伊藤比呂美)、「ハーブ図鑑」(ジェニー・ハーディング)など、メニューを見るだけで心が豊かな気分になる。貸し出しの本のメニューも今後増やしていく予定だ。
「1泊2日の滞在中の少し空いた時間などに、いつでも本を手に取れるように、彩りをまとった旅館にしたいという思いはありました」と松坂女将は語る。
森を抜けるさわやかな風のような詩集、爛熟した雰囲気を漂わせる絶版本、エスプリの効いた書籍などが、ほどよく文化薫る世界観を醸し出している。
本棚も幅氏が使っている家具屋に特注した。本を選びやすく、並べやすいデザイン。お洒落な脚が付いている。主張しすぎず、見過ごされない、“ちょうどいい”意匠に視線が合う。本の並べ方も決まっている。
「宿の空間も、木と畳みだけではなく、本棚も1つのインテリアとして彩りを与えられればと思っています。朝、ラウンジでコーヒー飲みながら、景色を眺めているお客様の手元に本がある。絵になる姿です」と松坂女将は話す。
女将は熱海に近い早川の海岸から、丸い石を拾って来た。客室に置く本のブックエンドするためだ。「強羅にも石はありますが、ゴツゴツしています。円かの杜にぴったりと合う丸い石を求めて海に行きました。子供と何往復もしながら、海岸からクルマまで20個近く運んできました」と楽しそうに笑う。
□グッドデザイン賞の“人類進化ベッド”も
日本デザイン振興会主催の「2017年グッドデザイン賞」を受賞した「人類進化ベッド」を置く客室も備えている。「チンパンジーが樹上に作るベッド」をヒントに開発されたものだ。
松坂雄一取締役総支配人は「お客様の宿での過ごし方の選択肢の1つとして、楽しく想像しながら人類の進化ベッドも置きました。海外の旅行者も含め、さまざまな宿泊者が来られるので、さりげなく配置したなにかに、アンテナがひっかかる方もいらっしゃいます」。
円かの杜は訪れる度に、少しずつ進化していることに気づく。
□味わい深い宿へ
日本の宿には独特の「味わい」がある。「味わい」は人によって生まれる。
円かの杜は、この「味わいを守り続けたい」という志のある宿が集まる「日本 味の宿」のメンバーでもある。
華美に走ったり、豪勢を誇るだけの宿ではなく、地元に根付き、味わい深い「野にあるごとく大らかな宿」へと磨きを掛けている。