test

「女将のこえ206」山本 まり子さん、ふきや(神奈川県湯河原温泉)

2018年1月20日(土) 配信

山本 まり子さん ふきや

SNSと和顔愛語

 「あしがりのとひのかふちにいづるゆの(足柄の土肥の河内に出づる湯の)よにもたよらにころがいはなくに」。これは湯河原のこととされる。唯一、万葉集に歌われる温泉地なのだ。

 高台にあるふきやの露天風呂は、湯に浸かりながら山と天を望められ、月が通る。脱衣所に月齢表を貼る心遣いに、思わず微笑んだ。

 まり子さんは東京出身。姉が見合いを躊躇した先に興味を抱き、今では3人の母で若女将だ。「サラリーマンの方よりも自営のほうが楽しそうと思ったんです」と、屈託のなさと好奇心でふきやを支える。

 「義母が現役でいてくれますし、私は資格もないし料理もできません」と言うが、実は2009年から早々とツイッターを始め、現在はブログもフェイスブックも自ら毎日更新する。これを見て、足を運ぶ人も少なくない。SNSが集客の大きな要となった今、これはもう不可欠な仕事なのだ。

 始める原動力は、「もったいない」という主婦感覚だった。「主人はこだわりの人で、例えばロビーの障子の桟は、通常7㍉のところ、うちは柔らかな雰囲気を出すために5ミリで作ってもらっているんです。階段のすべり止めも特注品ですが、誰も気づかない(笑)。もったいないですよね」。そこを出発点に、食材、おもてなし、温泉、人との出会いなど、さまざまな情報発信を行う。見えない部分を楽しく見せることは親切な行為だ。親切にされた顧客が、安心感や親近感を覚えるのは自然なことだろう。

 さて、普段会えない人に会える喜びが女将業にはあるが、まり子さんにとってその1人は高倉健さんだ。「お得意様が連れて来てくださいました。大ファンの主人や私たちを客室に招いてくださり、特別編集のDVDを一緒に拝見した夢のような時間でした。亡くなる1年前のことです。わざわざ湯河原の街までご自身で行かれ、ケーキまで買って来てくださった。優しさに頭が下がりました」

 誰に対しても思いやりを持つことを、まり子さんも和顔愛語として大切にしている。「まず、相手の話をよく聞いて受け入れることですね。お互いさまという意味で、私の弱さもさらけ出してしまいます」。顧客とは、感情を共有しながら一緒に歳を取っていきたいとし、スタッフには、失敗を咎めるより、頑張った分を認める立場で在りたいという。

 「私が間違えの多い人間なので、人の間違えにも寛容になりやすいのでしょう。これが、私にできるいちばんのこと、と心掛けています」。

(ジャーナリスト 瀬戸川 礼子)

     ◇

住所:神奈川県足柄下郡湯河原町宮上398▽電話0465-62-1000▽客室数:20室(80人収容)、一人利用可▽創業:1935(昭和10)年▽料金:1泊2食付き3万円(税別)~▽温泉:ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉泉▽「ふき」がモチーフの絨毯や浴衣は隈研吾氏デザイン、天井も壁も照明も一流職人による「作品」。まり子さんの書が館内の案内などに生かされている。

 

コラムニスト紹介

ジャーナリスト 瀬戸川 礼子 氏
ジャーナリスト・中小企業診断士。多様な業種の取材を通じ、「幸せのコツ」は同じと確信。働きがい、リーダーシップ、感動経営を軸に取材、講演、コンサルを行なう。著書『女将さんのこころ』、『いい会社のよきリーダーが大切にしている7つのこと」等。

いいね・フォローして最新記事をチェック

コメント受付中
この記事への意見や感想をどうぞ!

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

PAGE
TOP

旅行新聞ホームページ掲載の記事・写真などのコンテンツ、出版物等の著作物の無断転載を禁じます。