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「街のデッサン(202)」ホロコーストの「負の遺産」を訪ねて 「人類の永遠の課題」

2018年2月4日(日) 配信

記憶の場・ビルケナウ強制収容所

 団体旅行の楽しみは、個人では行けない場所を訪ねたり、コストを等分することで費用を抑えたりすることもあるが、思いがけない同行者に出会えることもそれである。

 チェコ・ポーランドを巡る旅には、若く清楚な姉弟が参加していた。たまたまワルシャワのピアノコンサートの後の夕食で、その2人と同席になったので、参加の動機を尋ねてみた。北海道の帯広出身という姉のKさんは「弘前大学で平和学を専攻しています。そこで卒論指導のドイツ人の先生からアウシュヴィッツを在学中に訪ねるように勧められ、ツアーに参加しました。テーマはハンナ・アーレントの著作を下敷きに〈平和の思想〉について少しでも書き込めれば、と思っています」と答えてくれた。私は、その答えだけで感心してしまった。弟のY君は、にこにこと姉を見てから「僕は、姉が1人では心配だからと両親が用心棒で付けてくれたんですよ。海外は初めてで得した気持ちです」とのこと。大学4年生の姉と、1年生の弟の旅の成果を祈って、2人に白ワインを御馳走した。

 旅の目的は、楽しく愉快な思い出を残すことだけではない。時には、人類の負の遺産が抱える重いテーマにも直面し、体験することも大切だと思う。今回の旅では、ショパンの生きた演奏やワルシャワの旧市街地再生・復活事業の現場から、何を学ぶかが楽しい期待であったが、人類の歴史上永続しているユダヤ人迫害の事実や、第2次大戦におけるナチス・ドイツのホロコースト(ユダヤ人やロマ族への大量虐殺)の現場を見ることも、重苦しいが重要なテーマであった。それは、Kさんが取り上げたハンナ・アーレントの思想から、私も大きな影響を受けていたからである。アーレントは、ハイデッガーやヤスパースから学び、現代思想の中でも強靭な哲学を持つ女性であるが、彼女の著作でいえば、南米で捕らえられたホロコーストの首謀者アイヒマンの裁判傍聴記録「エルサレムのアイヒマン」は衝撃的であった。裁判を取材したアーレントが感じ取ったものは、100万人を超える犠牲者を出したホロコーストの本質とは、鬼や悪魔の仕業ではなく、ごく普通の暮らしをしていた、ただし凡庸で無思考な人間という「悪の陳腐さ」であった。それは、ひょっとしたら誰もがアイヒマンになり得るという指摘ではないか。

 数日前、私たちは晴れた平原の、収容所に吹く秋風の中にいた。「負の遺産」を「富の遺産」にしたいと願うKさんの心の風に、耳をそばだてていた。 

 

(エッセイスト 望月 照彦)

コラムニスト紹介

望月 照彦 氏

エッセイスト 望月 照彦 氏

若き時代、童話創作とコピーライターで糊口を凌ぎ、ベンチャー企業を複数起業した。その数奇な経験を評価され、先達・中村秀一郎先生に多摩大学教授に推薦される。現在、鎌倉極楽寺に、人類の未来を俯瞰する『構想博物館』を創設し運営する。人間と社会を見据える旅を重ね『旅と構想』など複数著す。

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