オロチ伝説を巡る、神話を伝統芸能で体験
2018年2月9日(金) 配信
昨年12月21~22日に、島根県のモニターツアーが行われた。同県は東部(出雲地域)と西部(石見地域)で言葉の訛りや伝統も大きく異なる。企画した石王観光の永井敏雄社長は、「共通するのは『神話』だ」と話す。神話を今に体現するのは伝統芸能・神楽。今回はヤマタノオロチ伝説の地を中心に巡り、神楽の演目「大蛇」を堪能した。
ヤマタノオロチ伝説は古事記に残されている。伝説では老夫婦の7人の娘がオロチに攫われ、ついに末娘の奇稲田比売命(クシナダヒメ)の番と悲嘆に暮れていた。ここに須佐之男命(スサノオノミコト)が現れ、策を弄しオロチを退治する。
そもそもスサノオノミコトは天上から追放され、出雲の国の斐伊川の河上に降り立つ。川を眺めていると「箸」が流れてきた。上流に人がいると気付き、老夫婦と娘のクシナダヒメに出会う。
このオロチ伝説の始まりの地に「八俣大蛇公園」がある。公園にはオロチと対峙するスサノオノミコトの石造と、箸拾いの碑が置かれている。さらに斐伊川上流にはオロチの棲み家「天が淵」と呼ばれるスポットもある。
スサノオノミコトはオロチに八塩折の酒を飲ませ、酔いつぶれたところを退治する。この酒を入れた酒樽の1つが、「印瀬の八口神社」境内に祀られている。現在は壺神祭が毎年旧暦6月の晦日に続けられ、古くから「印瀬の壺神さん」として広く知られている。
退治後に2人は結婚し、宮殿を造る地を探す。そして現在の須賀という土地に至り、日本初之宮である「須我神社」を造った。スサノオノミコトが宮殿を造る際に、御歌を詠んだことから、和歌発祥の地ともされている。
須我神社から2㌔ほど進めば、八雲山があり、山懐に磐座がある。2人とその子供が寄り添う3つの巨石で「夫婦岩」と呼ばれる。奥宮として祭祀しており、両縁結び、子授けの霊験・ご利益があると、「二宮詣り」の信仰が今に残る。地元の人にも人気なパワースポットだ。
これら伝承地を自らの足で巡り、知識を得た後の神楽鑑賞はひと味違う。当日は、西部の浜田市・西村神楽社中が演目「大蛇」などを披露。オロチ伝説を、神楽を通じて体験できる。
とくに西部石見地域に伝わる神楽を「石見神楽」と呼ぶ。神事でありながらも、演芸的な要素が強い。豪華絢爛な衣装をまとい、舞も囃しもテンポが良い。「時代時代で進化を繰り返してきた。石見地域に必要不可欠なもの」と西村社中の代表は語る。講演後は演目で使われた神楽衣装を試着することができる。
□神楽以外の魅力を堪能
小豆原埋没公園(太田市)では、約4千年前(縄文時代)の太古の樹木を展示。直接触れることもできる。現存するものは最長12・5㍍だが、当時は約50㍍を超えていたスギの巨木だ。
約4千年前に三瓶山(標高1126㍍)が噴火。噴火時の火山灰などと埋没し、保存状態が良かった。この埋没林は、長い幹を残す世界的にも珍しいものだという。
施設の構造も面白い。保存展示棟は、地上から直径30㍍の円を深さ13・5㍍までくり抜き、その空間に展示。施設に入るというより、地下に潜る感覚が新鮮だ。
一方、この埋没林を生み出した三瓶山は、大山隠岐国立公園の一部でもある。山の南麓の高台に建つ三瓶温泉に、国民宿舎さんべ荘がある。地域酒造から譲り受けた大きな酒桶を使った湯船が目を引く。露天風呂はすべて源泉掛け流し。山麓の裾野の洞窟から、毎分2千㍑も湧き出ており、西日本でも有数の湧出量を誇る。源泉は37度ほどだが、塩分と鉄分、炭酸が多いため身体の芯から温まる。
西部には美人・美肌の湯と名高い「美又温泉」もある。約150年前の江戸時代末期に開湯。古くから肌が良いと評判だった。特徴はそのぬめり。無色透明だが、pH値は9・7と高アルカリ性。湯に浸かれば、〝化粧水いらず〟といわれる由縁に納得できるはず。
モニターツアー終了後は石見空港を利用し、帰路に着いた。これまで羽田―石見便は1日1便しかなかった。ただ、国土交通省の「羽田発着枠制作コンテスト」で取り組みが認められ、1日2便に増便。20年まで増便の延長が決まっている。
この増便に一役買ったのが石王観光の永井社長だ。6年ほど前から、西部石見地区の観光振興に尽力。県から「着地型旅行商品造成委託」を受け、石見地域観光の総合的なサポートを行っている。
問い合わせ=石王観光0855(22)2222。