〈旬刊旅行新聞3月21日号コラム〉料理を作るところを見せる 衛生管理意識高め、“ライブ感”演出
2018年3月20日(火) 配信
家の近くにずっと気になっていた小料理屋があり、ようやく先日、初めて暖簾をくぐった。
L字型のカウンターの中には広い厨房があり、5、6人が寿司を握ったり、てんぷらを揚げたり、魚を焼いたり、それぞれが担当の持ち場で客からの注文を受けると手際よく調理し、長く待たせることなく料理を提供する。
カウンターに座り、春の山菜のてんぷらを注文すると、目の前でタラの芽やフキノトウを揚げてくれた。5秒も経たずに口の中で味わうことができ、てんぷらの醍醐味を堪能した。
カウンターを挟んで客と向かい合うバーや寿司屋も、注文から調理、提供までの過程を、多少の演出を加えて見せてくれるが、手元から下はなかなか目にすることができない。しかし、この小料理屋のすごいところは、広い厨房の隅々まで、カウンターに座る客に見せているところだ。例えば、料理を盛り付ける食器はどこから出しているのか、別の作業をしたあと料理人が手を洗っているのか、まな板だけでなく、足元まで清潔なのかといったところまで一目瞭然なのである。つまり、料理を提供する側が、客に自分たちの裏側まですべて晒したうえで、美味しい料理を提供しようとする覚悟と、心意気に感心してしまった。
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飲食業界で働く人から、厨房の状況を耳にすることが多い。そして、その多くが衛生観念の欠如に関するものだ。
例えば、下ごしらえのときに、食材を床に落としてもそのまま使ったり、賞味期限の切れたものを平気で出したりする。でも、それくらいは想像の範囲内だ。
けれど、身近な人から実際の話として、あるレストランチェーン店では、若い男性アルバイトが夜中にトイレ清掃用のタオルで調理鍋を拭いたりしていた、といった話を聞くと、相当に無頓着な私でも、衛生管理に対して意識の高い店を選びたくなってくる。
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仕事の合間にカフェに入り、熱いコーヒーを飲みながらカウンターに目をやると、清潔そうな白いシャツで、笑顔で客と応接したり、紅茶を作ったり、ケーキをお皿に乗せたり、グラスを洗ったりする姿を目にすると、ついつい引き込まれてしまうことがある。
酒場でも同じだ。熟練の主人が焼き鳥を焼いている姿や、鮮魚に包丁を入れている手さばきを眺めていると、壁を見つめて呑むよりも酒が美味しく感じるから、不思議だ。
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最近は、料理人が表に出てきて、料理を作る姿を見せる旅館やホテルも増えてきた。
ビュッフェスタイルでも、それぞれのコーナーに料理人が立ち、客が来るとその場でステーキを焼いたり、てんぷらを揚げたりするシーンを多く目にするようになった。カウンターに湯煎で温めた料理をずらっと並べるだけの料理会場では、どこか味気ない。白いコック帽をかぶった料理人が会場に数人いるだけで〝絵になる〟し、ライブ感を強く感じることができる。
料理人も、遠い厨房で誰に提供するのか分からない料理を作っているのではなく、客の目の前で「あなたのために私が今、こうして作っているのです」という、お互いが見える1対1の関係性がいい。旅先の宿で料理を挟み、客と料理人が交わす会話によって、旅の味わいも増すのだ。
(編集長・増田 剛)